Archive for the ‘歌遊泳’ Category

歌遊泳: 遠くに聞こえるもの

アリス 遠くで汽笛を聞きながら
 
 
「自分の言葉に嘘はつくまい。人を裏切るまい」 ん?。
自分の言葉に嘘をつき、ときにこころならずも人を裏切ってしまふのが、人間だ。
そこのところのアリスの自信というか自己肯定には、
「勲章文化か?」と問いたくなるような治者の香りが漂う。
似て非なる心情を、例えば尾崎はこう言う。
「俺は転がり続けてこんなとこにたどりついた」
「いつになれば俺は這い上がれるだろう」
「俺はまだ恨まれているか、俺に愛される資格はあるか」と・・・。
 
けれど、『遠くで汽笛を聞きながら』は好きな歌で、
二次会などでカラオケの順番が回って来てしばしば唄った。
が、三番の歌詞が妙に恥ずかしくこう唄い替えて来た。
『自分の言葉に嘘をつくし 人も裏切るよ』
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人は「忘れられ」ないから唄っているのだ。  
そう、表現はさまざまでいい・・・「記憶の社会学」を知っている限り・・・。
まぁ、こんな言い草自体が青いわなあ・・・へへ
ある党の専従をしていた若いX君が、いつも                                    
「なんにもいいことが無かったこの党で♪」と唄っていたのを思い出す。

駄エッセイ・歌遊泳: カルメン・マキは母になったか?

『戦争は知らない』(作詞:寺山修司、作曲:加藤ヒロシ)
 「戦知らずに」「二十歳になって」「嫁いで」『母になるの』と唄った、69年少女は母になったか?
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68年~70年に世に出た歌で一番好きな曲だと言った(いや白状した)ので、
この歌の歴史を調べてみた。
ユー・チューブで坂本スミ子版に辿り着くと、歌の来歴が書いてあった。
『戦争は知らない』 作詞/寺山修司 作曲/加藤ヒロシ 歌/坂本スミ子  東芝音楽工業 
1967年2月発売。何と坂本スミ子が最初なのだ。
1968年フォーク・クルセダーズがカバーしてヒット。
その後、広 川あけみ、シューベルツ、ザ・リガニーズ、で、その後カルメン・マキ版(69年)が出て、
森山 良子など多数のアーティストがカバー。フォークの名曲として今に 歌い継がれる。・・・だとさ。
カルメン・マキ:1951年生れ。68年、たまたま友人と劇団「天井桟敷」の舞台を見に来て感銘を受け、即入団決意。
それまで、今で言う「不登校」に近い状態だった少女の一大決心だったそうだ。その不登校時代に、話を聞き、
親身になって寄り添いケアしたのが「キューポラのある街」の作者:早船ちよだという。
(これは、早船さんに近い筋と親しい人からの情報。まず、間違いない)
69年 『時には母のない子のように』で 歌手デビュー。
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『戦争は知らない』の各版を採録してみる。
 
カルメン・マキ:http://www.youtube.com/watch?v=FpRowO6AVCs&feature=related                                                                                                                                                              本田路津子:http://www.youtube.com/watch?v=F9e74o5clX0&feature=related
 
ここに出たものは、カルメン・マキ以外はアップ・テンポで、カントリー風に流す反戦フォークですか?
カルメン・マキの歌はゆっくりしていて、ナチュラルで透明感(といってもやや陰りのある)に充ちているが、
ナチュラルというのは「普通の子」や「素直な子」の代名詞なのではない。
媚びたところがない姿勢には、逆に大人や世の中との「非和解」の意志が棲んでいそうで、
どこかそっけなく、かといって投げやりではなく、歌詞やメロディにもしがみつきはしない距離を保っている。
これは、もう、あの時代のアレコレ全てを浴びて生きる少女像(寺山主観の)なのだ。
寺山が気も狂わんばかりに執着(いや全く知りませんが)したとしても不思議ではない。
この少女の持つある「価値」と重なる存在との「交信」を乞い願ったたことはあるか?
捉まえた瞬間から消滅に向かうはかないものを追いかけたことがあるか?(ぼくには記憶が**)
カルメン・マキは、『時には母のない子のように』 『山羊にひかれて』、そしてこの『戦争は知らない』までだけは、
寺山のうっとうしい要望=「幻の69年少女像」を演じてくれという要望に、応えてやったのかもしれない・・・。それ、すでに母の片鱗か?
 
だが、思うに、1935年(昭和10年)青森県弘前生れの寺山を支配する、
41年父出征・親戚家・45年青森大空襲・父戦死の公報・敗戦時10歳…という
「寺山の戦争」からの立ち上がりと、中学期には始めていた俳句・青森高校・早稲田・訛り・
競馬・劇団天井桟敷・・・「戦争の過去と未来」への詩的(そう言うしかない)総括を
仮託された69年少女(いかにも荷が重い)が「お嫁」に行き「母になるの」だから、
そのとき少女は少女ではないという自明を、この歌詞は最初から背負わされている。
つまり、歌詞の「思想世界」と歌う少女の「現実世界」が、
いずれ衝突を起こし、歌唱そのものが不可能になる。 短い歌唱可能時間の緊張の上でこそ、
少女であって母でもある「不可能」を抱え、仮装カルメン・マキの歌はどこまでも輝くのだ。
寺山は、「駒場祭」ポスター:[背に代紋]のお兄さんの「とめてくれるなおっかさん」に応答してか、それと対を為すように「おっかさん」予備軍に「母になるの」と宣言させている。母性への依存と回帰(寺山がそうなのかどうかは知らない)かと嘲笑われそうだが、「戦争」の「知らな」さへの、世代を貫通する悲惨への、歴史としての戦争への、その理解に於いて、後のフォークル『戦争を知らない子供たち』(71年、作詞北山修)の軽薄さとは違い、なるほど寺山なのか・・・と思えた。                                                                                                                              寺山修司:『マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや
(NHK「あの人に会いたい:寺山修司 」 http://www.youtube.com/watch?v=GAfwMovC0_0&feature=related
 戦争期を知らないフォークル世代の「知らない」位置と、同じく「知らない」少女の「物語」に仮託して自らの戦前~戦後を貫く「戦争」を語ろうとした(無理があるが)寺山の「知っている」位置は、実体験の差であるのは当然としても、それ以上に想像力・構想力・思想力の差だ。                 
「平和の歌を口ずさみながら」や「今の私に残っていろのは♪」のところは、当時からムズムズと居心地悪く、厭だった。                                                                                                  ハッキリ言って『戦争を知らない子供たち』は嫌いなのだ。   
 「父」が国家に至る縦・制度・社会的属性を象徴すればこそ、「戦争」で「死んだ」(それを喪った)「悲しい父さん」を「想えば」、あゝ「荒野」に赤い夕日が沈むのです。 で、今寺山の幻想上の少女は「母になるの」です。                                                            
「見ていて下さい」は、「他」から望まれ・指示され・誘導されて在る存在を止め、自らの意志で「自身の姿」を決める存在になるという宣言だと思う。 それを仮に「母」と呼ぶなら、それは非縦・非制度・非属性であり、ここで昔太宰が青年吉本隆明に語ったという「男の本質」=「マザー・シップ」の意味が浮かび上がる。←つぶやき: 太宰と吉本 生涯一度の出逢い その論旨は、吉本自立論の根幹に通底していると思う。
 
ところで、ハーモニカだけのほとんどアカペラ状態の、この歌唱・この質感はどうだ! 
上手い、実に見事だ。そこらのどんな歌手も歌えまへんで・・・。
 
興味ある方は何らかの方法で、その後のカルメン・マキを調査・検索してみて下さい。
70年にロックに転向。マキの歌唱は高く評価され、
伝説の『カルメン・マキ&OZ』(75年)が当時としては異例の10万枚売上達成・・・・・・とある。
ぼくはロックが分からないのだが、寺山的カルメン・マキ像からも、初期ファン層の期待像からも、
離陸して立っていた、当時の「早すぎたロッカー」カルメン・マキに会いたかったなぁ~。
 
『時には母のない子のように』:http://www.youtube.com/watch?v=6C1YIEJYtu4&feature=related
『戦争は知らない』:http://www.youtube.com/watch?v=FpRowO6AVCs&feature=related                                                               Carmen Maki & OZ 『空へ』:http://www.youtube.com/watch?v=d9JyELDnLNk&feature=related
Carmen Maki & OZ 『閉ざされた街』:http://www.youtube.com/watch?v=j7W_zLuoa48&feature=related
Carmen Maki & OZ 『朝の風景』: http://www.youtube.com/watch?v=Nb6ubnH_cMk&feature=related
押し付けられた少女像を自己埋葬して、彼女は「母にな」ったのだ。
なお、彼女には 日本人とアイルランド人とユダヤ人の血が流れているそうです。
      
ライブ活動も健在、ホーム・ページは → http://www.carmenmaki.com/
一月の神宮前ライブ 行こうかな・・・・・・・・・・

歌遊泳: 誰もが、歌より先を走っていると 思って生きていた 68~70年

数年後、早くも『神田川』(73年) 『いちご白書をもう一度』(75年)など
68年~70年を振り返るような歌が登場するが、それらは「私」に終始し、企業社会へ出てゆく者の社会との和解の為の通過儀礼だった、と言えなくはない。
振り返りの自己責任に於いて『みんな夢でありました』森田童子、80年)が群を抜いていて異質だ。和解など説いてはいない。
「私」に沈殿しているように見えて、掴みあぐねた「公」をなお探していた。
センチメンタリズムに彩られていると思われがちな歌詞とメロディは、そうであるよりは
「現実」なるものに抗う者の最後の方法論を秘めたもののようだ。←「歌遊泳」:森田童子の磁力に抗して
  
68年
帰って来たヨッパライ:http://www.youtube.com/watch?v=GHNHACxnU6U

68年東大「駒場祭」ポスター。父不在を見抜きマザコンを嘲り、土着を抱えた左翼小僧の心性を見事に言い当てていた(と今認める)、                                                                                  このコピーの作者は、同世代の東大生=日本古典文学者である橋本治氏(『窯変源氏物語』『桃尻語訳枕草子』の著者)だそうだ。                                                                   どうです、このカッコ悪さをパロるカッコ良さ(?)。画像が読みにくいと思うので、字句を示しておく。                                          『とめてくれるな おっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く』 です。                                                        世代を相対化できていて、自省的で世代自己分析としてなかなか・・・と言われているが・・・どうだろう?                                   

                                                                                         

 
 
 
 
 
69年
ブルーライト・ヨコハマ:http://www.youtube.com/watch?v=XUAq18FQ3is
風:http://www.youtube.com/watch?v=3rvhjMZj3eI (←書評:ヘルメットをかぶった君に会いたい)クリック                                                                                      フランシーヌの場合:http://www.youtube.com/watch?v=uqSPNZHaZRU
時には母のない子のように:http://www.youtube.com/watch?v=6C1YIEJYtu4
                                                                                                         その頃(この年には、それぞれの個人史があろうが)、キャメラを引いての俯瞰絵と「個」ににじり寄っての接写画、                                                                その両方から自他を見届ける為に、みな生きていたのか?いやそれは無理というものだ。
妙に大人びて「恋愛論」好きの友が、浅丘ルリ子「愛の化石」の語りの部分に心酔(?)して「愛するとは耐えることなの」だ、と真剣に語ったり、                                                                                      バリケード内に『白いサンゴ礁』が流れていたり、哲学好きの先輩が「時には母のない子のように? 吾らは、時にではなく、生れ落ちてより今日まで、ずっと父不在を生かされて来たのだ」と叫んだり・・・、                                                                          そして誰もが流行り歌などなんかより、ずっとずーっと先を走っていると思い上がって生きていた。 
 
70年
あなたならどうする:http://www.youtube.com/watch?v=UVZJVAf3sjg
老人と子供のポルカ:http://www.youtube.com/watch?v=LZZk0tP49H8 
 
この年、銀座・新宿・池袋などで「歩行者天国」が実施された。 一方、車社会が進行し、交通事故死者数は急増中。「歩行者は天国へ」と揶揄された。 12月、沖縄が燃えた。いわゆる「コザ暴動」がそれだhttp://www.youtube.com/watchgl=JP&hl=ja&v=wXjs5MpPRtw      
70年、歌は「やめてけれ!」と 早々に68・69年を過去のものにしようとしていた。が、「運動」の迷宮に立ち尽くす者は、耳元でささやくような「あなたならどうする?」という幻聴に悩まされていたのか? この70年前後に「戦後社会の曲がり角がある」と多くの論者が言う。確かに、「戦後」社会は変貌していた。白モノ家電の9割普及、マスプロ大学的教育の普及、女性の表層的職場進出、山田洋次が『家族』で活写した高度経済成長のピークに差し掛かっていた(←戦後歌謡曲空間「無許可遊泳」:民子さんオホーツクを唄う。) 
そして、新左翼は70年7月7日、「七・七華青闘告発」に晒されていた。 ←華青闘代表発言: http://konansoft.com/zenrin/html/huajingtou77.htm 
 
【追記】 作詞:寺山修司 『戦争は知らない』
この時期数年で一番好きな歌は何かと問われれば、たぶん68年か69年のカルメン・マキ版の『戦争は知らない』だ。                                                         (フォーク・クルセダーズとの競作だが、そのフォークル版ではありません) ←http://www.youtube.com/watch?v=FpRowO6AVCs&feature=related                                                     

60年安保闘争50周年の、来年2010年。各人の「物語」は、時代遅れの衣装と厚化粧をまとってか、脱衣とスッピンに至ってか、グルリ回って    第4楽章に差し掛かっている。 それは、「公」と「私」の両方から、そうなのだ・・・。

「本来、人間は一生一代一仕事だと思うのですが、二つの時代を生きて二つの仕事をやる必要はないのです。」                    『占領下日本-OCCUPIED JAPAN -』(筑摩書房、対談:半藤一利ら)より、保坂正康発言
 
 
 
 
 

歌遊泳: 1915年(大正4年)中山晋平作「ゴンドラの唄」

『ゴンドラの唄』 

写真は大正期道頓堀

‘吳‰æ˜L_[www.kasetsu.com]

  この歌は1915年の作品だそうだ。ぼくは、母が歌っていたのを聞いたのが最初だと思うが、映画『生きる』(黒澤明監督)で、死期近い老公務員:志村喬が公演のブランコに座り 「命~ぃ 短~かし 恋せよ乙女」と歌ったのを聞いて「戦後の唄なのかな」と思ったような気がする。いま思えば、このメロディーは確かに昭和以前ですね・・・。

【ゴンドラの唄】
映画「生きる」予告編より、後半に志村喬歌唱ありhttp://homepage2.nifty.com/tedukuri/ikiru.htm

生きる

ともかく、「戦後歌謡曲」云々の番外編です。

歌遊泳: ちあきなおみの何が響くのか?

 
  『敗戦の嵐のあとの花ならで 散りゆくものは道義なりけり』 と詠われた敗戦直後社会。

 品川宿たそがれ氏推薦の敗戦直後期必読三冊: 『敗北を抱きしめて』(ジョン・ダワー、岩波書店) 『拝啓マッカーサー元帥様』(袖井林二郎、岩波書店) 『占領下日本-OCCUPIED JAPAN-』(半藤一利・保坂正康・他、筑摩書房) は、                                                        チームちあきが選択した歌・歌唱の気分に重なるのです。ゴンドラの唄は戦前、他に海外の歌・古い歌・60年以降の歌もありますが、                                                                                        不思議なことに、聞こえて来る歌唱はことごとく、ぼくを敗戦直後時空へと誘うのです。                                      Policeman_and_MP_who_confiscates_goods

 

 

 

 

酒と泪と男と女:http://www.youtube.com/watch?v=gydiqOmRrU8&feature=related                                                                    矢切の渡し:http://www.youtube.com/watch?v=XEntqjfq2PU&videos=hEAeU6W5cT0                                                                         船頭小唄:http://www.youtube.com/watch?v=Tu3l2gw5Wmw&videos=hEAeU6W5cT0                                                                                       ゴンドラの唄:http://www.youtube.com/watch?v=wMSQ1amd7sU                                                                              上海帰りのリル:http://www.youtube.com/watch?v=h3JTRCNgXBo&feature=related                                              港が見える丘:http://www.youtube.com/watch?v=79V8LHAnB08&feature=related                                                         命かれても:http://www.youtube.com/watch?v=atwtZasK168&feature=related                                                         かもめ:http://www.youtube.com/watch?v=-Yuu_uDg8HI&feature=related                                                            別れの一本杉:http://www.youtube.com/watch?v=EVC4Ua3x6UI                                                                                    柿の木坂の家:http://www.youtube.com/watch?v=ftW2aVazdUg&feature=related                                                                  粋な別れ:http://www.youtube.com/watch?v=pI98E6-h0n4                                                                                                五番街のマリー:http://www.youtube.com/watch?v=RmEEX3X8gRM&feature=channe                                                                  遠くはなれて子守唄:http://www.youtube.com/watchv=rGTqZPi_f4Y&feature=channel                                                                          あばよ:http://www.youtube.com/watch?v=qUCDmhSRKHo&feature=related                                                                  カスバの女:http://www.youtube.com/watch?v=SU2vZP7PW_E&feature=related                                                         星の流れに:http://www.youtube.com/watch?v=MAMrw-VqSCE&feature=related                                                                           さとうきび畑:http://www.youtube.com/watch?v=adLVQk1quzc&feature=related                                                                       喝采:http://www.youtube.com/watch?v=sXybTZBI5F0&feature=relate                                                                              http://www.youtube.com/watch?v=yf00mlKVlKE&feature=related(英語版)                                                             朝日のあたる家:http://www.youtube.com/watch?v=MIMh3XjDfGU

「別れの一本杉」の痛切の別れ(遠い遠い想い出しても遠い空♪)。                                                                   「さとうきび畑」の静かな、だからシッカリ響く怒り(海の向こうから戦がやって来た♪)。                                                                         「朝日のあたる家」の渇いて開き直っても、「和解」と「赦し」に至ろうとする心。

散り行く道義の先に見えかけた、社会と人々の可能性を唄った敗戦直後の歌の数々。
チームちあきはその復権をなそうとしているのか? 

歌遊泳: 石狩挽歌

 【石狩挽歌】
本家は強し! 北原ミレイ
夏川リミの別イメにはびっくり・・拍手。
いつのころですかね?
 
中森明菜
http://www.youtube.com/watch?v=UaCMtEExCls&feature=related                                                             坂本冬美
http://www.youtube.com/watch?v=bWfjXi1rZQc                                                               夏川リミ
本家:北原ミレイ
 最近の北原ミレイ
にしん漁、にしん御殿
歳を重ねてちょっと声不安の本家さん。見つめる作詞者:なかにし礼の表情が実にいい。
いやむちゃくちゃええどぉ~。こういう70歳になりたいなぁ~)

歌遊泳&交遊録: アカシアの雨がやむとき

 
『アカシヤの雨がやむとき』から50年。
 
60年6月、国会を包囲した**万余の人々。 樺美智子さんが写っていると言われている記事。
来年2010年は、60年安保闘争から50年です。時あたかも、
普天間-辺野古問題から、沖縄の米軍基地問題・日米地位協定から戦後沖縄に負担を押し付けて来たことへの、根本的見直しの開始が求められています。つまりは、日米安保軍事体制そのものの見直しです(各種密約も明らかになっていることだし)。
自民党だけでなく、マスコミ・政治評論家あげて「普天間県内移設」に反対する社民党バッシングに走り、沖縄負担の拡大再生産として処理されようとしている。民主党政権の正念場です。
民主党政権半信半疑・小沢嫌いのスタンスだった司会者なども、「小沢も社民党には怒っている」と、小沢の威を借りて「アメリカとの信頼関係が崩れてもいいのか」と感情的に大声で吠えている。
ちょっと待ったれや! 逆やろう! 問うべきは、『沖縄の米軍基縮小、負担軽減、日米地位協定観直し を唱えた政権の当初姿勢、沖縄との信頼関係は 崩れてもいいのか?』 やろ。
国会前に横断幕を掲げ、座り込んでいる「9条改憲阻止の会」の60年安保世代(70代)の爺さんが、こう言ってました。
  『「OCCUPIED OKINAWA」。
   ヤマトが 明治政府が そして日米が、沖縄を占領し続けて来たのだ。
    「戦後」というもの総体が、そのことを与件として成り立って来た。
      沖縄はその丸ごとの見直しの開始を、求めている。 』 
 
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松田聖子 http://www.youtube.com/watch?v=jpJjCGVS3-E                                                           高橋真理子・工藤静香 http://www.youtube.com/watch?v=D1rFfFbhxtw                                                                                 戸川純 http://www.youtube.com/watch?v=dean1ozOdsg&feature=related                                                                 フランク永井+ニニ・ロッソ http://www.youtube.com/watch?v=bn_tfRB8zQc&feature=PlayList&p=51193832371DE118&playnext=1&playnext_from=PL&inde                                坂本冬美 http://www.youtube.com/watch?v=SwRO9kCm5vo                                                                                                  石川さゆり http://www.youtube.com/watch?v=VqxUwELbnc4                                                           おおかた静流 http://www.youtube.com/watch?v=GEodr7rHYw0&feature=related                                                               西田佐知子 http://www.youtube.com/watch?v=msSznHB4OyY

この歌、60年安保後に青年が口ずさんだそうだ。
戸川純歌唱の映像に69年の記録フィルムが
使われていますが、どうでしょう? やはり合いませんね。
歌謡曲は時代を映すものなのか、
それとも、人が歌謡曲で時代を思い起こすのか・・・・?
それにしても、若い歌手の表現力、一体どうします?
この中で西田佐知子さんと互角の勝負が出来ているのは、
フランク永井さんかな・・・と思います。
なるほど、この中ではご両名だけが、戦後の焼跡・闇市、貧困と公的「夢」、60年安保闘争を、・・・垣間見たのか?                                                                                                  うんと若いおおかた静流さん、これは別格ですなね。時代を超えている。
 

つぶやき&歌遊泳: 【おさななじみ】異論

【おさななじみ】にみる『公的記憶の改竄又は無化』
 
1963年発表 作詞:永六輔 作曲:中村八大 
 
おさななじみの 想い出は 青いレモンの 味がする 閉じる瞼の そのうらに おさない姿の 君とぼく                                                                             お手々つないで 幼稚園 つみき ぶらんこ 紙芝居 胸にさがった ハンカチの 君の名前が 読めたっけ                                                                           小学校の 運動会 君は一等 ぼくはびり 泣きたい気持ちで ゴール・イン そのまま家まで かけたっけ                                                                             にきびの中に 顔がある 毎朝鏡とにらめっこ セーラー服が よくにあう 君が他人に 見えたっけ                                                                                        出すあてなしのラブレター 書いて何度も読みかえし あなたのイニシアル何となく 書いてやぶいて捨てたっけ                                                                          学校出てから久しぶり ばったり逢った二人とも アベック同士のすれちがい 眠れなかった夜だっけ                                                                                 あくる日あなたに電話して 食事をしたいと言った時 急に感じたむなさわぎ 心の霧が晴れたっけ                                                                               その日のうちのプロポーズ その夜のうちの口づけは 幼ななじみのしあわせに かおるレモンの味だっけ                                                                             あれから二年目僕たちは 若い陽気なパパとママ それから四年目幼な子は お手々つないで幼稚園                                                                                おさななじみの 想い出は 青いレモンの 味がする 愛の印の幼な子は 遠い昔の君と僕
 
永六輔は、作詞時期=63年当時に高校生か大学生(つまりは16~22)である諸君の少年期を拝借し、彼らが自身の近未来から、個人史を振り返える。
そんな設定で、時代・世代を問わず歌える歌を作詞したに違いない。そうだとは思う。
しかし、当時30歳の永が1933年生まれ、歌い手の初代デューク・エイセスが30年代後半生まれの若いパパ・ママ達であってみれば、                                                                 聞き手がそこで「作り手の幼少期、初恋、結婚なのだ」として聞いたとしても、
それは聞き手の責任ではない。事実、当時誰もがそう聴いたのだ。
  
さて、ぼくの言い分。
歌詞から主人公カップルの年齢を推理すると、
学校出て数年後再会しプロポーズ、
で2年後若いパパ・ママとなり、さらに4年後の今(63年)、
子が幼稚園へ通っている。
整理すると、大卒22歳+数年+2年+4年=30歳前後
ということになる。高卒だとしたら26歳前後。
従って、彼らの生年は、
1963(歌発表年-30=1933 33年(昭和8年)前後、
敗戦時12歳で、戦後を18年間生きた、そういう世代だ(高卒ならマイナス4歳)。
彼らが戦争期を小学生として過ごした体験は強烈に刻印されているはずで、
はたして歌詞にあるような幼児期だっただろうか・・・?
幼き日々の記憶に、わだかまって沈殿しているものこそ、「生」の核心だ。
描かれている世界は我が世代(1947年生)を含む戦後世代の幼児期のように思えて仕方ない。
何故か? 戦争の影、その不在なのだ。
 
歌には、敗戦期を挟んで、戦前戦後を生きた少年少女の証しが、全く無い。 都市部在住なら空襲や疎開もあったろう。
地方を含め、物資不足・勤労動員・ひもじさや父不在、
そうした戦争期の社会構造や風景の中で生きたはずだ。
敗戦後、ギブミーチョコレートと声を上げジープの後ろを追ったかどうかはともかく「進駐軍ジープの排気ガス」、                                                                            焼跡・闇市の雑踏と喧騒、進駐軍・価値混乱・戦後の諸改革を目の当たりにして生きたのだ。
自身でなくとも、父や母、兄や姉、身近な者の「戦争」を因とする受難も見たはずだ。 
 痛苦の記憶の味・匂い・香りを、                                                                                     「青いレモンの味」一本へと変換する装置こそが、公的記憶の無化装置であり、
大衆と呼ばれる存在の生きて行く為の方法論なのだろうか・・・? その装置がこの歌にはありはしないか?
ぼくのようなひねくれ者が聞くと、敗戦を12歳で通過した者の飢餓感や悲哀なんぞは、
明るい未来に彩られた所得倍増社会を生きる者には邪魔だと言っている、と聞こえなくはない。
作者が、当時のサブ・カルチャーの多くと同じく
たとえ無自覚であれ(自覚してであれ)「もはや戦後ではない」という掛け声を容れ、
公的記憶を改竄しその無化に手を貸していると言われてもしかたあるまい。
そう言われては、他で戦時下の児童の体験談などを反戦論として語って来た永は辛かろう。
で、我らは、
戦争期・敗戦期の公的記憶を改竄し無化するような「愛国政治」「衆愚文化」「勲章文化「お上ヨイショ言説」・・・、
そこには決して与しないぞという意志を持っていたい。
それが、我ら「民」の存在論的可能性ではないだろうか・・・? 
自分たちの記憶を結果として無化しては、在日・沖縄・など少数「他者」 の受難の「記憶と現在」への想像力を持ち難いのではないだろうか?
 
【参考1963年という年】
映画:「にっぽん昆虫記」「武士道残酷物語」「拝啓天皇陛下様」「真田風雲録」
歌謡:「長崎の女」「高校三年生」「美しい十代」「こんにちは赤ちゃん」
事件:吉展ちゃん事件、松川事件全員無罪、大阪地裁吹田事件全員無罪、狭山事件
商品:電機蚊取機ベープ、コーンフレーク、
造語:カワイコちゃん、三ちゃん農業、ピンク映画、OL、
価格:ビール115円、銭湯23円、大卒初任給\19,400、
 
【1963年に30歳前後だった人々】
作詞者:永六輔が、まさに33年生まれなので、歌の主人公をその世代と仮定する。
1963年に30歳前後(1932、33、34年生れ)はこんな人々(現在74~77歳)だ。
32年:岸恵子、船村徹、滝田ゆう、仲代達也、小田実、遠藤実、渡辺美佐子、
33年:江藤淳、岡田茉莉子、渡辺貞夫、南田洋子、永六輔、伊丹十三、
34年:児玉清、財津一郎、大橋巨泉、山田太一、皇后美智子、米倉斉加年、
 
学童疎開②
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
例えば彼らをウィキペディアで引くと、共通体験、頻度最多事件は学童疎開なのだが・・・。
台東区(旧下谷区)生れの永自身も「学童疎開」の体験者だ。

歌遊泳:  永六輔・中村八大の登場

六・八コンビ

作詞:永六輔、作曲:中村八大は、六・八コンビと呼ばれた。

『夢で逢いましょう』(TV番組主題歌61年)、水原弘:『黒い花びら』(59年)『黄昏のビギン』(59年)、                                               坂本九:『上を向いて歩こう』(61年)、ジェリー藤尾:『遠くへ行きたい』(62年)、梓みちよ:『こんにちは赤ちゃん』(63年)、                                                                              デューク・エイセス『おさななじみ』(63年)(北嶋三郎『帰ろかな』はオリムピック後の65年)                                                                                  敗戦後社会の貧困を脱し(朝鮮戦争<50~53>特需がその出発なのだが)た社会が、                                              東京タワーを完成(58年末)させ、東京オリムピック(64年)へ向かう頃・・・・、何かを置き去りにして発展を謳歌する世に、コンビは歌を提供した。                                                                      さて、上記六・八になる歌は、正に豊かさが始まり全国に行き渡る時期の代表歌謡群だ。

『アカシアの雨がやむとき』(60年)を聴いていた(あるいは歌っていた)学生さんも、                                                                                           60年安保敗北の湿った『挫折』病(?)から立ち直っ(た振りをし?)て、高度経済成長社会(岸退陣後、池田「所得倍増計画」)へ向かう。                                                                         やがて、モウレツ社員と呼ばれることとなる世代だ。六・八コンビの歌は、その時代の明暗の、どちらかと言えば「明」の部分からの逆説、                                                                             個的世界を謳歌することの意味を堂々と主張していたように思う。「戦後」後的なのだ。                                             経済発展に付帯して当然に持つべき「先進国的個人」の「自己主張」の大衆的開始だった(ぼくの中高時代に当たっている)。                                                                   それは、まるで、やがて来る、経済成長が抱えきれない生産と消費の矛盾、侮れない若者の量的存在、など時代的なある「飽和」が、                                                                   個と社会との抜き差しならない関係となり、いわゆる『大衆反乱』(実は学生世代だけの)となる60年代末への予告編でもあった。                                                             60年代末の学生反乱からさらに世紀末の大学、21世紀大学を論じて同世代の論者三浦雅士はこう言っている。                                                                                            「自動販売機に敗れ去るセールスマンの物語『セールスマンの死』(アーサー・ミラー) の五〇年代からさらに加速される変化は、                                                                      六〇年代の『大学=労働力商品の大量生産工場』を経て、 いまや大学は工場でさえなく、『大学自体が自動販売機化』している」                                                                                                                  (『青春の終焉』、2001年、講談社)

さて駄話は尽きないが、六・八コンビの歌の中から「ひとつ」と言われれば、私は、『黒い花びら』か『黄昏のビギン』なのだが、                                                                    『黒い花びら』は大ヒットしたしあまりにも有名なので、ここでは【黄昏のビギン】(1959年)としておく。ここでも、ちあきなおみさんが圧巻だ。

前川清
http://www.youtube.com/watch?v=kLhK7PAd2hM                                                                     夏川りみ
http://www.youtube.com/watch?v=KEKFY7yuT8c                                                                  石川さゆり
http://www.youtube.com/watch?v=aSzgIqUTRqM&feature=related                                                                                                 

ちあきなおみ
http://www.youtube.com/watch?v=VcsDsOEU3B0&feature=related                                                                                                                                                 水原弘
http://www.youtube.com/watch?v=SqJJPxwSYho

この歌には、他の六・八歌には無い「陰り」がある。敗戦後社会と経済成長社会との交差期、そのあわいに宿る、                                                                                                     まだ高度成長が身に付かない敗戦後を引きずっているような空気、                                                                                        東京タワーの威容も、見上げれば足許が揺れそうで、シックリ来ないような違和感・・・。傑作です。

だが、実はぼくは、六・八コンビには言いたいことがある。一昨年書いたもので、次回 載せる。

歌遊泳: 酒と泪と男と女

【酒と泪と男と女】


みんな呑兵衛ェなんやろかね!
23歳・46歳とある河島英五さんには、是非60代後半の歌唱を聞かせて欲しかった。
きっと「呑んで呑んで呑まれて呑んで」のところ、力んでは歌えんでしょう。
第一、歳食えばそんなにガブ呑みは出来ませんしね。
ところで、ここでも先日同様、ちあきなおみさんがええね。

                                                                                                                和田アキ子
 http://www.youtube.com/watch?v=lp78rRty0v0&feature=related                                                                                         堀内孝雄
 http://www.youtube.com/watch?v=R1fc0iVhRVo                                                                                   金蓮子(キム・ヨンジャ)
 http://www.youtube.com/watch?v=n_Hj_HnXgn0&feature=related                                                                         鳥羽一郎・五大夏子
 http://www.youtube.com/watch?v=uCCt0B32YOQ&feature=related                                                                                            杉良太郎
 http://www.youtube.com/watch?v=T5Fs63W7VJ0                                                                                                    ちあきなおみ
 http://www.youtube.com/watch?v=gydiqOmRrU8                                                                                          河島英五(23歳)
 http://www.youtube.com/watch?v=-4m1GPE35rg&feature=related                                                                            河島英五(46歳)
 http://www.youtube.com/watch?v=tQG1pt_oUls&feature=related

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