Archive for the ‘ぼやき つぶやき 駄エッセイ  ’ Category

駄思考: 1965年から50年考えて来たことを図に描けば・・・

「CULTURE vs CULT」という投稿画があった 

ぼくに引き寄せて理解すれば、
「自立と連帯 vs 統一と団結」

「複数主義 vs 一党独裁」

「思考 vs 教義」

「東洋思想 vs 近代合理主義」となる。

非党:党

つぶやき: 政府広報から政権先導に化した「サンケイ」

サンケイ産経は語る。
『仇をとってやらねばならぬ、というのは人間として当り前の話である。』
お前たちは報道か?
アジアの人々が、世界の人々が、国内の命が、
その「当り前」から、どれほどの悲哀を抱えながら離陸したと思うのか。
その上に日本の復興も発展も、お前らの「新聞事業」もあるのだ。

つぶやき: 表現の不自由展

西武池袋線:江古田駅徒歩5分:「ギャラリー古藤」。
『表現の不自由展』を覗いた。
2012年、東京都美術館会期中に撤去された有名な《平和の少女像》の、縮小版像の隣に展示された一枚の写真パネル。赤子人形を抱いて放さない老婆は「李壽段」という、慰安所へ来た1940年に19歳だった女性。奪われ喪い損なわれたもの総てへの無念を抱き、なお辛うじてそれを超えて生きようとする意志=祈りと希い=「母性」を前に、ワシは言葉を失うのだった。10922522_638571579588307_1408006504405371727_n[1]

つぶやき:恵比寿、えべっさんの来た道

昨夜(1月10日)、身内の者がえびっさん詣での帰りにやって来た。当方、商売繁盛や五穀豊穣に興味はあっても「神頼み」には無縁。が、示された写真に人々の「希い」の根深さを感じて、「恵比寿」の出自を調べてみた(ウィキペディアでという安易解説ではあるが・・・)

【えべっさん】(ウィキペディアより)

えびすは日本の神で、記紀に出てこない神であるため、現在では七福神の一員として日本古来の唯一(その他はインドや中国由来)の福の神である。古くから漁業の神でもあり、後に留守神ともされた。夷、戎、胡、蛭子、蝦夷、恵比須、恵比寿、恵美須などとも表記し、えびっさん、えべっさん、おべっさんなどとも呼称される。

「えびす」という神は複数あり、イザナギ、イザナミの子である蛭子命(ひるこのみこと)か、もしくは大国主命(大黒さん)の子である事代主神(ことしろぬしかみ)とされることが多い。少数であるが、えびすを少彦名神や彦火火出見尊とすることもある。また、外来の神とされることもあり、「えびす」を「戎」や「夷」と書くことは、中央政府が地方の民や東国の者を「えみし」や「えびす」と呼んで、「戎」や「夷」と書いたのと同様で、異邦の者を意味する。このように多種多様の側面があるため、えびすを祀る神社でも祭神が異なることがある。

本来の神格は人々の前にときたま現れる外来物に対する信仰であり、海の向こうからやってくる海神である。 下記の漁業神、寄り神(漂着神)の他に純然たる水の神としての信仰も存在する。10917280_633379100107555_4662708555155455953_n[1]

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海の彼方からの知恵・技術・異郷の文化への畏敬や憧憬を表しているのでは? この列島は、本来外からの「先進」に対して謙虚であったに違いない。

つぶやき: 爺バカ隠しを兼ねて ひと言

小学校一年生の孫娘が、夏休みの自由研究で市の『第一回相馬芳枝科学賞』なる市内小中生12人の中に選ばれたと、息子の妻から知らせをもらった。

科学立国とやらで、国立大の人文科学系・社会科学系の縮小という愚策や、大学から幼児まで「理系重視」への一環だろうか?(笑)、市では肝煎りの賞を創設しての第一回目だそうだ。

塩や砂糖や身の周りの物の「結晶」を実際に作っての六年生の見事な研究が最優秀賞で、他にもなかなか素晴らしい自由研究もあったと聞いた。

孫娘のそれは『庭に置いたスイカの皮の変化観察』だそうで、アリや虫に喰われる様を毎日写真に収め、一年生らしいコメントが付いているだけの他愛の無いものらしい。

品川宿たそがれジジイもここは「頑張ったね」と言って、頬を緩めるしかない爺バカだ。10414487_602036476575151_5278413187538140757_n[1]

孫娘の話(それも七歳児の)にはほぼ無関係だし「学」外のジジイの言える話ではないが、世の「理科系」が現政権・文科省の「国立大、文系学部破壊」に無関心であれば、そこが「原発」が来た道・「武器科学」の道・人間から隔たって在る「金融工学」・次なる「オウム」の道への入り口だと強く想うのだ。

先般、ある集会で、元東大全共闘議長の物理学者:山本義隆氏は「昭和10年前後、やはり理科系重視が叫ばれた」と語っておられた。心ある物理学者の聴覚には、文科省方針のそのすぐ向こうに銃声が聞こえているのだ。

秘密保護法 を実態無効にしなければ 国のカタチが変わってしまう。

「特定秘密保護法案」が衆議院強行採決の後、参議院に回り、ここでも強行採決された。                                                                                    参院の山場である4日・5日・6日は施工現場が早く終ったので、国会周辺の抗議行動や日比谷野音の反対集会へ向かった。                                                                                                                       国会前に行って何かが変わる訳ではない。だが、じっとしておれなかったのだ。                                                                                                                                                                                                                                                     「秘密保護法」では、「防衛」「外交」「特定有害活動の防止」「テロリズムの防止」に関する、余りに広く恣意的に無限拡大する情報群から、その秘密を管理している当の行政機関が「特定秘密」に指定する。秘密であるのだから、「何が」秘密にされたのか、国民には知る術が無いのだ。なんじゃこりゃあ!日比谷野音

毎日新聞 秘密保護法米軍(例えば普天間基地)に関する情報、自衛隊の海外派遣など軍事・防衛情報は「防衛」に含まれる。原発の安全性・設計図・放射線被爆の実態・健康への影響なども「テロリズムの防止」に、「特定秘密」指定者が強引に指定されればそうなってしまう。                                                                                                                     その漏洩を防ぐべく、「特定秘密」を漏洩する行為だけでなく、それを知ろうとする行為も「特定秘密の取得行為」として処罰の対象とするというのだ。21世紀版「治安維持法」だ!

 マスコミ記者、フリーライター、研究者、学者他の、自由な取材や研究活動も、法によって明確に保護されず、言論・表現の自由を否定している。内部告発など「公の利益」に資する行いを保証していない。「国民の知る権利に充分配慮する」などという抽象文言ではなく、話は逆で「取材・研究・調査を妨害する行為をしたる者は、云々」と明確に「知る権利」の側に立った規制が必要だ。                                                                                                     これは、日米一体の軍事行動に向けた米国の「軍事機密保護」が甘いという指摘への対応と、それに乗じて国内統治に当たり、為政者の行為を「秘密保護」を名目に隠蔽し、反対者を罰するという稀代の悪法だ。

立法府たる国会が、国政調査・チェック機能を放棄し、行政府ヘッドたる官邸と官僚に売り渡す行為にも関らず、国会議員は自らの存在否定だと思っていない。衆参の強行採決、とりわけ自民党にひたすら擦り寄り法案成立に尽力した公明党の歴史的犯罪性は、後世に語り継ぐべき汚点だ。                                                                                       「恣意的になんか運用しない」ではなく、「恣意的に運用できないハードルを法の中にキチンと設定しておく」、これが法というもののあるべき前提条件だ。                                                                                   そして、現行法制では、国家公務員・地方公務員・警察・自衛隊員に公務員法や自衛隊法などで「守秘義務」と罰が定められており、しかも立件に至ったのはごく少数。有罪に至ったのはごく僅かだという。そう、現行法で充分なのだ。                                                                                                                 アメリカ軍事との一体化、そして国家統制としての21世紀版「治安維持法」、これが正体だ。東京新聞12月7日

 そして、「秘密保護法」は単に一法律なのではなく、安倍が推し進める「集団的自衛権行使」「共謀罪」「NKK乗っ取り」「教科書検定制度の改悪」「戦後レジームからの脱却」「美しい国」「改憲」へと進みたい安倍の情報統制社会への大きな物語のひとつだ。二の矢、三の矢が放たれる前に陣形を整えねばならんなぁ~。

 

三たびの東京オリムピック(1940~2020)

三たびの東京オリムピック(1940~2020)

1936年のオリムピックの公式記録映画『オリンピア』【第一部『民族の祭典』第二部『美の祭典』】(監督:レニ・リーフェンシュタール)は余りにも有名だ。ベネチア映画祭で金賞を受賞している。この女性監督は戦後「ナチのプロパガンダに協力した」と世界中から非難口撃を浴びた。

彼女は言っている。「あの頃、ドイツ人は誰もヒトラーのことを疑ってませんでした。ナチスの政権が始まってわずか1年600万人もいた失業者激減したんです。短期間に生活はすごく良くなりました。戦争がこれから始まるなんて、誰も考えていませんでした。あの当時、ナチスに反対する人なんていなかったんです。誰ひとりとして!」                                                                                 「私はナチ党員ではありませんでしたし、ユダヤ人迫害賛成したこともありません……。私が興味があったのは、美”だけでした……」                                                                                                                 敢えて「映画自体は素晴らしいものだった。それまでのスポーツ記録映画を一変させた」と語る、映画関係者は多く居る。                                                                                                                  ちなみに、ベルリン・オリムピック開会式を観た作家:武者小路実篤は「フランス人がナチス式の挨拶をした時、何となく涙ぐんだ。平和が感じられたからだ。」と語り、詩人:西條八十は「ナチス王国でのオリンピアードでは、全てが劇に始まり、劇に終わる。四十年の生涯において最も生き甲斐のあるものに感じた。」(『1930年代論』菊池昌典))と感激して打電報告している。                                                                                 河西三省アナウンサーの「前畑ガンバレ!前畑ガンバレ!」で有名な実況放送もこの大会だ。レニ・リーフェンシュタール

 

東京オリムピック一回目。                                                                                                          ヒトラーとドイツの威信を賭けた第11回オリムピック(1936年)。                                                                                           次の1940年の第12回オリムピックはその規定により、決めるべきの開催5年前つまり前年(1935年)ロサンゼルスでの会議では決め切れなかったので、異例の繰り延べで、36年開催地ベルリンで遅れて選考投票が行なわれた。                                                                   東京・ローマ・ヘルシンキの最終候補地から、ローマが降りていて(日本がムッソリーニに直訴し降りてもらったと言われている)二都市での投票となり、加納治五郎氏の招致演説などもあり、東京36票:ヘルシンキ27票で東京と決まった。                                                                                                                        かくて、史上初の欧米外開催となる、はずであった。                                                                                                                     どのような時代、どのような世界情勢、どのような日本の思惑下か・・・。現代史の中で俯瞰したい。                                                                           このオリムピックは、日中戦争の本格化などから、外からは米英はじめ欧米の中国侵略を理由とした反対、内からは陸軍の「選手拠出あいならん」や競技候補地神宮外苑に内務省からの猛反対、各種団体から(諸外国からは承認されていない)「満州国選手団の正式参加」の強い要請など混迷を極め、1938年に入ると日中戦争の長期化が予想され鋼材など戦略資材逼迫を理由に陸軍大臣が反対を表明。各国からの「辞退勧告」を受ける形で、日本が「辞退返上」した。俗に言われる「幻のオリムピック」である。                                                          オリムピックを返上して造った戦艦大和の完成が1941年、幻の第12回東京オリムピックが1940年、学徒出陣式1943年。                                                                                                                                         オリムピック挽歌

 

東京オリムピック二回目。                                                                                     日中戦争・アジア侵略戦争・太平洋戦争に敗れた日本は、敗戦後アメリカ陣営の一員となり、朝鮮戦争による「特需」を決定的転換点として復興を果たした。                                                                                                                                          高度経済成長期の入口、先進国の仲間入り、米世界戦略の構成員。沖縄はなお米占領下であっても戦後は終ったと宣言したいのだった。                                                                                                                   前回第17回オリムピック(1960年)に立候補しローマに敗れた日本は、次の第18回にも立候補し、1959年ミュンヘンでのIOC総会で欧米三都市を破り開催地に選出された。                                                                                                                  東京34票:デトロイト10票:ウィーン9票:ブリュッセル5票であった。                                                                                                           奇しくも、この立候補時の首相は安倍現首相の祖父:岸信介である。                                                                                           東京タワー完成が1959年、安保闘争が1960年。第18回東京オリムピックが1964である。                                                                高度経済成長の60年代から、原発汚染の今日に至る、虚像の経済大国の半世紀が始まった。                                                                             (円谷幸吉選手の遺書: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%86%E8%B0%B7%E5%B9%B8%E5%90%89 )

 

東京オリムピック三回目。                                                                                                            さて今回、スカイ・ツリーの完成年(2013年)に決まった、2020年第32回東京オリムピックはどのような構図の中に在るのだろうか?                                                                                             バブル崩壊、少子化・格差貧困社会、雇用と人権の無法状態、先行改憲状態から公式改憲へ・・・、福島原発事故、にもかかわらずの諸外国への原発売込、「集団的自衛権」なる戦争への直接参加、沖縄の軍事基地固定化・強化、近隣国との摩擦、アジア侵略と昭和の戦争の美化と本質忘却、教育・言論・学術・報道での「自省」欠如、ネオ・ナチ勢力の拡大、「改憲=戦後社会の根本解体」を目指す政権党の「昭和旧体制美化(美しい国)」「その日本を取り戻す」「日の丸・君が代強制」「労働法制後退」「団結権否認」「ヘイトスピーチ行動の野放し」「従軍慰安婦問題」「麻生ナチス発言」「自国史への自省を『自虐史観』と呼ぶ作られた世論」「敵基地先制攻撃論」等々、実質改憲社会。つまりは新たな戦前」時代の宣言なのだ。                                                                                             オリムピックは目くらましどころか、ある集大成への檜舞台だと為政者は構想している。

開催されようとするこのとき、「開催反対」だけをただ唱えるのではなく、諸外国から『辞退勧告』を引出し、オリムピック開催の前後を                                                    ① 脱原発の世界的ムーヴメントの期間として活用する                                                                                                          ② 福島-日本列島、日本近海~太平洋の現実をアピールする場とする                                                       ③ 集団的自衛権行使=米戦争への直接参加の非を訴える                                                                          ④ オリムピック景気(確かに建築業界などでは{少なくとも東京では})下で、労働者の売手市場を形成し、賃金ではなく諸権利を「取り戻す」べく、全国全労働者は団結したい。                                                                                                                  ⑤ 日本国憲法の世界性・普遍性と「新たな戦前」との明確な違いをクッキリと示す機会としたいところだ.

国家事業の裏面の、国家的思惑も、原発事故の実像も横へ置いて、オリムピック騒動に与する我ら国民は、80年前のベルリンに立っていた文士と何ら変わるところがない。

 

街 若者の風景

東京に住む者ならたいてい、とりわけ中央線沿線居住者ならほぼ必ず、知っていよう中野駅近くの「中野ブロードウェイ」なる雑居商店街(というか商店窟)で、某有名店の五日間昼夜を工夫した変則工程での突貫工事を終えた。                                                                                                                                      ここは、大阪で言えば、日本橋の電材・工具の「五階百貨店」、京橋界隈、鶴橋ガード下、昔の「国鉄」大阪駅前繊維問屋街(通りに面して「旭屋書店」があったな)、そして上海で見たニセブランド半露天店・・・などなどに少し似ている。狭い店がギッシリ詰まっていて、中二階を天井の低い二階として使う様はたくましく好みのカタチだ。上層階は高層住宅になっていてくっついて在る隣接ビル(?)はSEIYUだ。その昔、ここの上に青島幸雄が暮していたという。CA3A4269                                                                                                                                               が、ふと思った。ここには、挙げた例に在る「土着性」というか地元的「個性」が匂わない。聞くところでは、10年近く前、ある傾向から閑古鳥状態から息を吹き返し甦ったそうだ。何あろう「ヲタク文化」だ。チンケでレアで小さなフィギュアが数万円の高値で売られていて、遠方からマニアがやって来る。青年たちは、何やらブツブツ呟きながら歩いていて、食事代と衣服代と交遊費を削って貯めた金を使い果たす。                                                                        ヲタクたちが、無「土着質」ながら消え行くものを阻止しているのなら、それは一つの「抗い」だと言えるかもしれない。

映画にしばしば登場する激務の汗まみれは外食チェーン店、映画『空気人形』(2009年、監督:是枝裕和、主演:ペ・ドゥナ、ARATA)の二人がバイトしていたのがレンタルビデオDVD店、映画『ばかもの』(2010年、監督:金子修介、主演:成宮寛貴、内田有紀)の主人公が就職した先が家電量販大型チェーン店、そして映画『悪人』(2010年、監督:李相日、主演:妻夫木聡、深津絵里)の馬込光代(深津)が勤めるのが紳士服チェーン店・・・、小説『悪人』に登場する佐賀県は国道34号線沿いの風景、全国津津浦浦に展開される何の変哲も無い、そして今やどこの街かも分からない風景は、『悪人』の二人の主人公にとって肌触りの無い社会の現実を映し出す鏡だった。『悪人』主人公:清水祐一が唯一「通じ合えた」女性:馬込光代には、宗教も、思想も、政党も、労組も及ばない何ものかが備わっていた。ぼくが言う「肌触り」とは、人が生きてゆく上で欠かすことのできない、譲れない「通じ合える」「直接性」のことだ。

34号線的風景の社会・現実から「肌触り」を取り戻す作業の代替行為がヲタク行脚だとしたら、ヲタクたちの大切なフィギュアへの執着もまた譲れないものであるに違いない。彼らが『希望は戦争』『こんな戦争なら悪かない』と語り始めるなら、それを産み出す世は、間違いなくぼくたちが作り出したものだ。若者のその発言に出会い困惑して数ヶ月。それが、この国道沿い風景に潜む総ブラック企業社会の深層構造への、それを作り出した社会と企業と労組への、大切なことを労働現場から追い出し片隅へ置き去りにして顧みなかったぼくら日本の大人たちへの、その共犯関係への、逆説的挑発言辞だと理解することにしておく。                                                                                               「悪人」や「変人」や「バカ者」や「ヲタク」が、国家の操作に乗らないことを祈っている。自分たちの為に学べ語れ抗えと言いたいが、ぼくがしばしば「遅すぎた気付き」に在って右往左往してもなお生きているのだから、諸君何も遅くはないぞ。どんなに奇態であっても、国策に乗るよりはいい。                                                                                                                                                                              けれど若者よ、戦争はもっとブラックだ!

ともかくも、ハード工程の現場は終った。次の夜間無し日中作業の現場を一週間でやっつけ、9月半ばには帰阪したい。                                                                                                                                                            9月20日に、女房とその友人夫婦と共に恩師を遠方に訪ねることになっている。

言語、話者人口、公用語、グローバリズム。  そして『バスクにて』

人の口から発せられる言語には、民族・民俗・伝統・歴史・文化・習慣・儀礼・死生観・宗教などなど・・・が宿っている。                                                                                                                                                                                                                                                                                                              それぞれの独自言語には、グローバリズムに抗う精神への可能性と、介在する「国家」の規模や方向性に翻弄される「ナショナリズム」への病理とが、同時に棲息している。

世界で、日常会話に用いられる言語の話者数トップ20は以下の通り。                                                                                                         ①中国語8億8500万人(北京語+近似語) ②英語5億1000万人 ③ヒンディー語4億9000万人(インド) ④スペイン語4億2000万人                                                                                         ⑤アラビア語2億3000万人 ⑥ベンガル語2億2000万人(インド、バングラデシュ) ⑦ポルトガル語1億7000万人 ⑧ロシア語1億7000万人                                                                                           ⑨日本語1億2500万人 ⑩ドイツ語1億人 ⑪広東語8000万人(中国) ⑫ジャワ語7550万人(インドネシア) ⑬朝鮮語7500万人                                                                                                                                                                                           ⑭フランス語7200万人 ⑮福建語7000万人(中国) ⑯ヴェトナム語6700万人 ⑰テルグ語6800万人(インド)                                                                                                                                                                                                                        ⑱マラーティー語6500万人(インド) ⑲タミル語6300万人(インド) ⑳トルコ語6200万人                                                                                                                                                                                                                                       以下 ウルドゥー語6100万人(パキスタン他) イタリア語6100万人 ペルシャ語5000万人超 と続く。

ところで、バスク語(バスク人とは系統不明の民族で、イベリア半島のバスク地方に分布する。バスク語は現存するどの言語とも系統関係が立証されていない孤立した言語で、インド・ヨーロッパ語族以前の古言語を引き継いでいるとも言われる)、カタルーニャ語、シチリア語、ボスニア語、                                                         チェチェン語、クルド語、フィンランド語、チベット語、済州語、琉球諸語、アイヌ語などの運命や如何?722285_1338764164[1]

誰だ、日本語「だけ」が「美しい」と言っているのは。                                                                                        誰だ、グローバル経済言語こそが、世界を繋ぐとほざいているのは。

上図はバスク地方の位置。右は有名なバスク人たちの肖像。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      作曲家:モーリス・ラヴェル(『スペイン狂詩曲』 『ダフニスとクロエ』 『ボレロ』)やエルネスト・チェ・ゲバラらがいる。                                                                                                                                   かのツィゴイネルワイゼンの作曲家:パブロ・デ・サラサーテもバスク人。 おっと、チリの反ファシズムの国民的詩人:パブロ・ネルーダも、チリ元大統領:故サルバドール・アジェンデも、バスク人。                                                                                                                                          ( チリ・アジェンデ政権:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%87 )                                                                               現在バスク地方に270万人。海外居住バスク人が1500万人。                                                                                      (参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%AF%E4%BA%BA )                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                             海を越え、境界を跨ぐバスク人。ヨーロッパの片隅の狭い地域で「バスク独立」を訴えるバスク人。少数民族の矜持と、グローバリズムへの刃と弓矢、反転して照らし出すべき真性グローバルを構想する者の光が放たれている。                                                                                                                           琉球諸語や在日朝鮮語に、同じ光が見える。 金時鐘の詩の世界性もそこに在る。                                                                                                                             スペイン市民戦争時、フランコ反乱軍を支援するナチスが、史上初と言われる都市無差別爆撃を行なった「ゲルニカ」とは、バスク自治州 ビスカヤ県の都市。何故ナチスがそこに定め、フランコが何故それを承認したのか? 明らかだろう。

*『バスクにて』                                                                                                 昔、友人でもある詩人:S・K氏が限定300部の詩集を出した。記憶では、N0:5の印付だったと思う。タイトルは『バスクにて』・・・。                                                                                         当時、「バスクにて」に込められた、個的・私的世界の極点を目指し歩む者の孤路と、だからこそ逆に、世界性・全体性を構想する者の悲哀とでも言うべき「見果てぬ夢」の同在性、その彼の格闘の意味を軽視してしまった。その悔情を含め「バスク」への恋情が込み上げてくる。                                                                                                                                                        「少女よ 私に 道を訊くな。 私は 世界の 極北に棲む者だ。」だったか・・・。                                                                  S・K氏はぼくたちの争議、職場バリケード占拠闘争に都合が許す限り恒常的に泊り込んだ盟友である。ここ10年、音信不通だ。

 

8月15日 安倍首相のアジア各国への本音メッセージ

よりによって終戦記念日に”宣戦布告” 狂乱安倍首相を辞めさせないと大変だぞ! (日刊ゲンダイ2013/8/16)

20130808-00000033-rcdc-000-0-view[1]加害者責任も不戦の誓いもカット

安倍首相は終戦記念日のきのう(15日)、全国戦没者追悼式で式辞を述べた。                                                                                                                                                                         これは毎年恒例の行事だが、今年は大きく変わったことがある。歴代首相が必ず触れてきた侵略戦争に対する反省の弁が、そっくり抜け落ちたのである。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        安倍は中韓の反発に“配慮”して、靖国参拝は見送った。反省の弁が消えたのは、その腹いせにも見える。狭量、傲慢、幼稚な首相の危うさは目を覆いたくなる。

「先の大戦では、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対し、多大の損害と苦痛を与えました。深く反省し、犠牲となられた方々とそのご遺族に、謹んで哀悼の意を表します」                                                                                                                                                        野田前首相、菅元首相は追悼式でこう述べて、周辺国への謝罪を明確にした。                                                                                                                                                                                                                           麻生副総理も首相当時、「多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えております。国民を代表して、深い反省とともに、犠牲となられた方々に、謹んで哀悼の意を表します」と言った。いやいや読んでいるような棒読みで、「心がこもっていない」と批判されたが、それでも反省の弁は一応口にしたのである。                                                                                                                                    ところが、安倍は一切、アジア諸国への反省を口にしなかったばかりか、歴代首相が必ず、式辞に入れてきた「不戦の誓い」もカットした。                                                                                                                                                                                         もちろん、事務方は加害者責任も不戦の誓いも原稿に盛り込んだはずで、安倍が独断で「不要」と切り捨てたのである。 「官邸筋は首相が文言を外したことについて、『国内問題として、御霊に捧げるとの思いから省いた』などと言っていました。外国に向けた挨拶ではない、ということでしょうが、それでは歴代政権の式辞は何だったのか。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         首相に謝罪と反省の意図がないのです」(官邸関係者) 政治評論家の森田実氏は「これは侵略戦争を認めた村山談話の否定だ」と言ったが、その通りだろう。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    安倍が今後、村山・河野談話見直しに動くのは間違いない。安倍は靖国参拝こそ見送ったものの、玉串料を届けさせた萩生田光一・党総裁特別補佐には「靖国への思いは変わらない」との伝言を託した。 「もともと、中韓との関係は冷え切っていますが、『屈するような交渉には応じない』というのが安倍首相の考え方です。靖国参拝を見送れば、譲歩したように受け取られる。                                                                                                                                                             だから、式辞では反省の弁を省き、強気の姿勢を見せたかったのでしょうが、あまりにも子供っぽい意地の張り方で、呆れてしまう。子供のケンカじゃあるまいし、周辺国は呆れている。もちろん、これでは外交になりません。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        おそらく、衆参の数を制したことで舞い上がっているのでしょうが、図に乗らない方がいい。権力者は常に謙虚さと相手への配慮が求められる。安倍首相にはそれが決定的に欠落しているのです」(政治評論家・野上忠興氏)                                                                                                                                                                      侵略も認めず、不戦の誓いもしないのであれば、安倍は本気で戦争をする気なのだろう。それを終戦記念日に内外に宣言した。                                                                                                                  この狂乱首相をどうやってやめさせるか。国民は本気で考え始めなければいけない。  (日刊ゲンダイ2013/8/16。「終戦」「狂乱」等原文のまま)

 

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