連載④: 『じねん 傘寿の祭り』  プロローグ (4)

プロローグ(終)

「そりゃあ従兄弟だって、不景気の中、女房や従業員への遠慮もあるさ。昔、まだ従兄弟が小校生だったころ、百貨店勤めしていたあいつに、叔父夫婦が旅館を手伝ってくれって何度も頼んだのを断ったくせに」                                                                                                                               「従兄弟さん夫婦は良くしてくれると言うてはりましたよ」                                                                                                                                       「そうかい?怪しいもんだ。あの歳で今更幹部でもないだろう。旅館の中枢なんて出来っこない。厄介者に決まってるじゃないか。何を意地を張ってるんだか・・・。君はひろしを置いて去るような女の言い分が解るのかね? 同じ団塊世代でも解らんだろう?」                                                                                                                         「いえ、それはお二人のことですし」                                                                                                                             「二人? 何を言っとるのかね。三人だよ、三人。ひろしが居なきゃぼくだって遠の昔にあいつと別れていたんだ」                                                                                                                                     「とにかく、黒川さんを手伝うことになったと・・・。もし、奥さんの思惑との間に摩擦が生じるのなら、ぼくは辞退しようと・・・」                                                                                                                                                                                      「いいじゃないか、摩擦が生じても」                                                                                                                                         「いえ、どちらがどうということやなく、ぼくが来ることが何かを邪魔することになるのは辛いということです」                                                                                                                       「で、摩擦が生じるのかね」                                                                                                                                「いえ、どうぞ行ってやって下さいと言うてはりました」                                                                                                                                                                                                                                「何を生意気な。棄てた者に何を言う資格もないんだよ。もうそれ以上言わなくていい。詳しい話を聞く気はないからね。君もそのつもりであいつの話はしないでくれ。特にひろしの前では一切ご法度だ。いいね」                                                                                                                                     黒川の不機嫌な表情が急に融けて和んだので、前に目をやると、そこに「ビジネス」の拠点=黒川宅の門があった。黒川が顎で家を指して言う。                                                                                                            「ここだよ。どうだい、デカイだろう。遠慮は要らん。今夜からは君の家でもあるんだ。自由にしなさい」                                                                                           来てくれと懇願したことなど何処吹く風、書生相手に住まわせてやるぞと言っている政治家か文豪のような態度なのだ。家はもちろん借家だ。

案内された二階の部屋は十畳の洋間で、大きなベッドが窓際に鎮座している。荷を解いていると、新品に見えるシャツに着替え、半ズボンを長ズボンに穿き替えたユウくんがやって来た。                                                                                                          「北嶋さん、お風呂?ごはん?」                                                                                                                               「どっちでもええよ。ユウくんは?」                                                                                                                      「ごはーん。今日は北嶋さんのカンケイ会だからチチが食堂へ行こうって。」                                                                                                                                                                        「へーえ、そうなんや。ありがとう」                                                                                                                                                                階下へ下りると、黒川も着替えて玄関の鏡の前にいた。上着を着て、ネクタイを締め、髪もしっかり整えている。何や、ごはんが先と決まっていたんやないか!                                                                                      「さあ行こう」「北嶋さん、早く早く」「何が食べたい?」                                                                                                                                          重なる二人の声を聞き分けながら、昨日松山で美枝子が言った「黒川が何を吹聴しても、世間様からひろしを棄てた母だと言われてもいいんです。」という言葉を思い出していた。                                                                                                                                  卒業式に向かう少年とそれを微笑んで眺める若い父親のように、颯爽として玄関を出る二人に続いた。                                                                                                                    振り返えって、扉に鍵をかける黒川の背中を見ていると、扉の向こう側にここには居ないある人を閉じ込めて出かけるような気がした。四月那覇の夜風が生暖かい。上着が重い。                                                                               

(プロローグ:終)

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