連載 55: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (1)
六、 ゴーヤ弁当①
連休中ひかり園は休みで、ユウくんは昼間も家に居る。-裕一郎は家事にてんてこ舞い。食事のことが頭から離れない。作ることは苦手ではないが、献立を考えるのが面倒くさい。冷蔵庫に有るものをダブって買ったり、ない物をあると思って買いそびれたり・・・、主婦の苦労が分かる。 連休が明け、大空が配達の途中に物件情報を持ってやって来た。 大空が見つけてきた物件は、黒川宅から車なら二〇分ほどの場所で、官庁や黒川が拘る国際通りにも近く立地としては合格点だ。十五坪で、ライブもする多国籍料理店の半分だ。元々十五坪のバーだったその店が、隣も借りぶち抜いて拡張し三十坪のライブもする店にしたそうだ。今回、大空の友人である店主の体調不調などから、半分を返し元の規模のバーに戻すらしい。大空と店主の関係、店主と物件オーナーとの信頼関係もあり、保証金を預け置くこととし、つまり保証者と借主が違う形をとり、家賃は十万と格安。工事面でも、拡張した側はほとんど客席なので、改装も安上がりだ。ただ、その店主に幾許かの保証金を預けてやってくれ、本来戻る保証金を預けたままにするのだから、との事だった。理のあるところだ。出る時には全額返還するという。この変則に家主も同意してくれている。黒川もよく知っている地域で、黒川は「これはいい」と手放しで喜んでいた。
黒川は同業者と3月末の陶芸展の精算とやらで出かける予定がある。売上から会場費・備品のレンタル費・チラシなど宣伝費・諸経費を応分に負担し、事務局が各業者に精算額を示し、今日確認し合い、数日中に振込まれる。黒川の予想では、精算額は二十万前後あるという。 この同業者との共催で臨んだ展示会の入ってくるはずの金について裕一郎は聞いていなかった。出も入りもまるで夢のように流れている。大空に委託し売れた品の十五万にしてもそうだが、黒川は自分に不都合な事柄だけでなく好都合な事柄も失念しているのだ。そこがズサン・チャランポラン・やってられない…の核心だが、憎めないところではある。困ったものだ。 裕一郎は大空と二人で物件の下見に向かった。
物件は、小さな公園に面していて周りには本屋・楽器屋などもあり、飲食店街と文教区域が同居するような趣の立地だった。脚の便も悪くはない。中心地の一画には違いない。 店は半分をもう仕切って閉じていて、続けている方の店に以前のカウンターバーに戻る旨の口上文が貼ってあった。大空に店主を紹介され閉めた側を見せてもらった。椅子もテーブルも撤去されている。床は貼り換えればいいだろう、壁面にある飾り棚はそのまま使い、その左右に収納を兼ねた低い展示台を置くか・・・、照明はスポットライトを増設すればいいか・・・。入口は、現在壁の中に隠れている元々の引戸を復活すればいい。多少古くとも味わいがあって良いのではないか・・・。裕一郎はあれこれと安上がり改装案を考えていた。 「安く改装できそうやね」 「ええ、ぼくもそう思うのね。手作り感を出す意味でも陳列什器はぼくらで作りましょうね」 「けど、道具は持ってます?」 「まぁ一応は持ってます。何とかなりますよ」 「早速、黒川さんにぼくらはこの物件に賛成だと報告するよ」 黒川の携帯電話にかけた。展示即売会の精算も思っていた通りだったと上機嫌の黒川に交差点の場所を伝えた。じゃあ見てみるかな一時間で行くから居てくれ近くに着いたら電話するよ、といつもより不自然に平静な黒川の言い回し。 黒川が逸る気持ちを悟られまいと意識して演じた応答なのだとすぐに分かった。