Archive for 12月, 2015
アジール 空堀:交遊録: 3月「フォルクローレの夕べ」 打合わせ
「アジール空堀」の3月度ライブは、
10日(木)のロス・チャンカスによる『フォルクローレの夕べ』だ。間に、たぶん味わい深いだろう「お話」が入る。
チャンカスの名の由来は、インカ族との戦に敗れたチャンカ族。演者のヘーゲルさんはその末裔。そのアイデンティティの核は「チャンカ族は滅びず」だという。
「辺野古に基地を絶対つくらせない大阪行動」の大阪駅前を覗いて、講演予定者:釜日労の三浦俊一さん(偶然にもワシと同年同月生まれ)と合流。仲間から、しばしば「似ている」と言われ続け、悪い気はしない御仁だ。
彼の構想を拝聴すべく堂山町行き付けへ。
ライブ2ステージの間にはお話を入れる予定だ。彼からは、「コンドルは飛んで行くは先住民の抵抗歌だ」と題して、「先住民の抵抗」「民衆と歌謡」「民族の魂」などについて時空を縦横に駆け巡って辿り、できれば沖縄にまで駆け抜ける話を、と聞いた。二人だけで呑むのは初めてだったが、実にいい酒だった。
19**年の〇月〇日、同じ場所に居たことが分かり、その場に居た者だけが知るエピーソードで大いに盛上った。目の前の*茶の*駅、聖橋を渡ると見せて急左折、数倍の***を実力突破・秋葉原へ猛進、あれはスゴかったなと言い合って、直後には苦く沈黙。互いに、その後のやや隔たっていて・やや重なっている悔悟の歳月が押し寄せているのか。
「どうすれば、失敗や間違いや無惨に辿り着けるのか?それだけは語れるかも」
「それが、爺にできることかも」と、言い合って杯を交わした。
数日後の三浦氏からの返信FBコメント:
三浦俊一: いやー美味な酒だった、勝手に喋り過ぎず時に沈黙があって、大人の酒を飲んだ気がします。
駄エッセイ: 「蛍の光」と沖縄
「蛍の光」と沖縄
先日、友人が「蛍の光の歌詞、最近3番4番を知ったんやけど、ありゃヒドイね。作詞時(明治10年代初頭)の国策のままで、領土拡張・富国強兵・国威高揚・排外主義・覇者の施し・銃後の少国民の覚悟を謳っているんやで。」「歌詞を変えろ」と怒っていた。
知ってる?と訊かれ頷いたが、記憶は曖昧。ちょっと、確認してみた。
①
蛍の光 窓の雪
書読む月日 重ねつつ
いつしか年も すぎの戸を(杉と過ぎるを掛けている?)
開けてぞ今朝は 別れゆく
②
止まるも行くも 限りとて
互みに思ふ 千万の(かたみに{互いに}おもふ、ちよろずの)
心の端を 一言に(想いの端々を一言にまとめ)
幸くと許り 歌うなり(さきくとばかり、「無事で」と歌うなり)
③
筑紫の極み 陸の奥(建国神話さながらに、九州の果ても東北の奥地も
海山遠く 隔つとも(帝国の津々浦々は、隔たった地であっても)
その真心は 隔て無く(拡張して得た地も含め大御心に隔てなく)
一つに尽くせ 国の為(汝ら一つになって国に尽くせ)
④
千島の奥も 沖縄も(異族の地・地と海の果てたる千島列島も琉球も)
八洲の内の 護りなり(皇国大八洲の内、防衛壁なんだ)
至らん国に 勲しく(いさおしく)(日本の支配が及ばない地域には勇敢に)
努めよ我が兄 恙無く(つとめよわがせ、つつがなく)
「ニッポンを取り戻す」派の人々が泣いて歓ぶ歌詞であるが、言外に、その真心に「分け隔て」や邪心が在ること、国の成立ちの古からの強奪の史実、文物歴史の剽窃、さらなる発展は「国を挙げて突き進め」と鼓舞し続けねば維持できないと、ゲロっているのだ。
原曲の地(スコットランド)の人、エリーさんが泣いているぞ!
Should auld acquaintance be forgot,
and never brought to mind ?
Should auld acquaintance be forgot,
and days of auld lang syne?
CHORUS:
For auld lang syne, my dear,
for auld lang syne,
we’ll tak a cup o’ kindness yet,
for auld lang syne.
And surely ye’ll be your pint-stoup !
And surely I’ll be mine !
And we’ll tak a cup o’ kindness yet,
for auld lang syne.
(CHORUS)
We twa hae run about the braes,
and pou’d the gowans fine ;
But we’ve wander’d mony a weary fit,
sin’ auld lang syne.
(CHORUS)
We twa hae paidl’d in the burn,
frae morning sun till dine ;
But seas between us braid hae roar’d
sin’ auld lang syne.
(CHORUS)
And there’s a hand my trusty fiere !
And gies a hand o’ thine !
And we’ll tak a right gude-willie waught,
for auld lang syne.
(CHORUS)
旧友は忘れていくものなのだろうか、
古き昔も心から消え果てるものなのだろうか。
コーラス:
友よ、古き昔のために、
親愛のこの一杯を飲み干そうではないか。
我らは互いに杯を手にし、いままさに、
古き昔のため、親愛のこの一杯を飲まんとしている。
(コーラス)
我ら二人は丘を駈け、可憐な雛菊を折ったものだ。
だが古き昔より時は去り、我らはよろめくばかりの
距離を隔て彷徨っていた。
(コーラス)
我ら二人は日がら瀬に遊んだものだ。
だが古き昔より二人を隔てた荒海は広かった。
(コーラス)
いまここに、我が親友の手がある。
いまここに、我らは手をとる。
いま我らは、良き友情の杯を飲み干すのだ。
古き昔のために。
(コーラス)
アジール 空堀: 趙博「声体文藝館」『飢餓海峡』 熱演
「アジール 空堀」第4回イヴェント
15:30~ 声体文藝館『飢餓海峡』(舞道ダンスシアター)参加者43名
18:00~ 懇話食事会(ビストロ ギャロ)参加者22名
パギの『飢餓海峡』は一段と磨きがかかっていた。
内田吐夢の作品のストーリーとセリフ(主演:三國連太郎・伴淳三郎・左幸子、助演:高倉健・加藤嘉・他)の(モノマネが見事!)をほぼ踏襲しつつ、どの主演者の視線で物語全体を俯瞰するのか?へのこだわりが一層明らかになっている。
杉戸八重(左幸子)が乗り移って演じるパギの語りと動きは、1947年という戦後間もない社会の、総体としての貧困・不安・混乱を超えた、極貧・報われることの無い善意・出口のない境遇を、背負い生きそして果てた一人の娼婦八重の側から描きながら、そこに立場や生業や社会的位置を超えて在る人間の、ある《誠実》を必死に描こうとしていた。
硬直したの女性論・人権論の向こう側に時に透けて見える建前に、理論や新しさで向かうのではなく、世情や処世に動じることの無い《情》や弱者のかたくなな《信》を対したいが、パギの主旋律は、例えばグローバリズム信奉連呼の中の、産業民主主義を唱え実践するオールド古風経営者のように、それは無効かもしれないが、そこに必ず、大げさに言えば人類史のある可能性が在るのだ、という信念の表れかもしれない。
伴淳刑事が語ったように、物語が「層雲丸事件」の裏面史だとしたら、パギ:声体文藝館「飢餓海峡」は、文字通り映画「飢餓海峡」の裏面譚なのだ。
演歌の採用には異論もあろうが、小説も詩もが表せない情感や肉声や想いの核心を、例えば優れた短歌が詠い遂げることがあるように、演歌にはそのような底力があるかもしれない。採用される石川さゆりの演歌「飢餓海峡」がそこに届いているかどうかワシには解らないし、ただちに却下する知恵を持たない。八重の真情・心情・信条を限られた条件の中で表す方法論を持ってはいない。
特筆したいのは、春間げんさんのピアノ、呉光雨さんのライティング!
最高でしたで。
写真上:八重を演ずる趙博
写真下:懇話食事会風景