つぶやき: 母卒寿祝誌に載せられた拙文
FB投稿にこう書いた。
「脚切断の母を見舞った時に去来した想いをヘタな歌に詠んだのは、切断の二年ほど後だが、目にした母から何か感謝めいたことを言われたのだが思い出せない。「エヘヘ…」と照れを返しただけで話していない。バカ息子だ。
母の遺品の中に、2010年に行なった「卒寿祝いの会」当日に発行した冊子があった。
孫(ぼくの子)の女房が会場で曾孫たちの手形を採ったり、ポラロイドカメラで即画像を用意したりして、「当日作、当日渡し」に拘り腐心して作った力作だ。その末尾にぼくの駄文を載せてくれている。
それを読むうち、その冊子がいつも特養の母自室のベッド横チャブ台に置かれていたのを思い出した。いつだったか、ぼくの一文を読んだ母が何か言ったと思うのだが、その言葉も思い出せない。
母が何を言ったか…と、弟などに訊き歩いている。
ブログやFBしている者は、アップすることで相手や社会に「言った」気になっている面がある。冗談ではない、一部以外の目には届いているはずもない。ましてや、脚切断後の母は、時に車椅子でいる時以外、紙媒体資料を視ることなど無かったはずだ。この記憶探し自体に、ぼくの無理解が在りそうだ。 写真下段は、子(と配偶者)・孫(と配偶者)・曾孫、総計三十数名に囲まれた卒寿祝宴席で。