Archive for 4月, 2015
交遊録: 4/2~4/5 初めての済州島
3月29日(日)14:00~
講演と証言の集い『語り継ぐ済州島四・三事件』(聖公会生野センター:KCC会館)に参加。
証言者:高春子(コ・チュンジャ)さん(8歳のとき帰国して「四・三事件」を経験。渡日して後年夜間中学で文字を学び2013年「部落解放文学賞記録部入賞」)の発言に圧倒され、言葉もありません。
4/2~4/5「済州四・三事件犠牲者慰霊祭」に参加させていただきます。済州島は初めてです。半端に知っただけの身が、四・三渦中から脱出渡日した青年がKey人物として登場する駄小説(『祭りの海峡』2006年)を書いたのだが、それは軽挙妄動の類だという自覚が、ぼくにはある。行こうと考えていたところ、金文男さんに声を掛けてもらい参加させていただくことに・・・。
【参加者交流会で】
4月2日から5日まで知人の案内で 『済州四・三事件犠牲者慰霊祭』 に参加させてもらう。。
今、21世紀沖縄と1948年済州四・三事件との、時代・事態の違い個別性と同時に、その類似性を思わずにおれない。済州は、戦後一地域での最大・未曾有のジェノサイドだった(犠牲者3~6万と言われている)。
東アジアの地政・アメリカの意志・本土政府の野望・本土と島・宗主国と植民地・島内の民意・軍政/暴虐・「祖国統一選挙実施」「南単独選挙阻止」という原初の希い・普天間返還は決して辺野古新基地ではないという大儀・島内民衆間分断・・・多くの共通項を想う。
21世紀沖縄は、(辛うじて)拷問殺戮なき「1948年の済州島」という潜在要素を含みもって進んでいる。アメリカの軍事、日本政府の軍事国家構想は、その思想的原理においてジェノサイドを内包している。
21世紀日本、日本政府の立位置は、曲がりなりに存在(?)する先進国的擬制民主主義が無くば、反対派島ぐるみ殲滅なのだ。
そういう東アジアを俯瞰しつつ、島民間・親族間の悲嘆を想い、先日聞いた「大きな済州」「小さな済州」その両方への入口(の欠片)を掴みたいと想う。
Wikipedia:
済州島四・三事件(さいしゅうとうよんさんじけん)は、1948年4月3日に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁支配下にある南朝鮮(現在の大韓民国)の済州島で起こった島民の蜂起にともない、南朝鮮国防警備隊、韓国軍、韓国警察、朝鮮半島本土の右翼青年団などが1954年9月21日までの期間に引き起こした一連の島民虐殺事件を指す[2]。アメリカと韓国軍政府による「南単独選挙」に対し「祖国統一選挙」を求める南労党済州は4月3日、旧日本軍の銃火器と、農具を改良した粗末な武器と、500名という少数で武装蜂起する。
韓国政府側は事件に南朝鮮労働党が関与しているとして、政府軍・警察による粛清をおこない、島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺された。また、済州島の村々の70%が焼き尽くされた。