街 若者の風景
東京に住む者ならたいてい、とりわけ中央線沿線居住者ならほぼ必ず、知っていよう中野駅近くの「中野ブロードウェイ」なる雑居商店街(というか商店窟)で、某有名店の五日間昼夜を工夫した変則工程での突貫工事を終えた。 ここは、大阪で言えば、日本橋の電材・工具の「五階百貨店」、京橋界隈、鶴橋ガード下、昔の「国鉄」大阪駅前繊維問屋街(通りに面して「旭屋書店」があったな)、そして上海で見たニセブランド半露天店・・・などなどに少し似ている。狭い店がギッシリ詰まっていて、中二階を天井の低い二階として使う様はたくましく好みのカタチだ。上層階は高層住宅になっていてくっついて在る隣接ビル(?)はSEIYUだ。その昔、ここの上に青島幸雄が暮していたという。 が、ふと思った。ここには、挙げた例に在る「土着性」というか地元的「個性」が匂わない。聞くところでは、10年近く前、ある傾向から閑古鳥状態から息を吹き返し甦ったそうだ。何あろう「ヲタク文化」だ。チンケでレアで小さなフィギュアが数万円の高値で売られていて、遠方からマニアがやって来る。青年たちは、何やらブツブツ呟きながら歩いていて、食事代と衣服代と交遊費を削って貯めた金を使い果たす。 ヲタクたちが、無「土着質」ながら消え行くものを阻止しているのなら、それは一つの「抗い」だと言えるかもしれない。
映画にしばしば登場する激務の汗まみれは外食チェーン店、映画『空気人形』(2009年、監督:是枝裕和、主演:ペ・ドゥナ、ARATA)の二人がバイトしていたのがレンタルビデオDVD店、映画『ばかもの』(2010年、監督:金子修介、主演:成宮寛貴、内田有紀)の主人公が就職した先が家電量販大型チェーン店、そして映画『悪人』(2010年、監督:李相日、主演:妻夫木聡、深津絵里)の馬込光代(深津)が勤めるのが紳士服チェーン店・・・、小説『悪人』に登場する佐賀県は国道34号線沿いの風景、全国津津浦浦に展開される何の変哲も無い、そして今やどこの街かも分からない風景は、『悪人』の二人の主人公にとって肌触りの無い社会の現実を映し出す鏡だった。『悪人』主人公:清水祐一が唯一「通じ合えた」女性:馬込光代には、宗教も、思想も、政党も、労組も及ばない何ものかが備わっていた。ぼくが言う「肌触り」とは、人が生きてゆく上で欠かすことのできない、譲れない「通じ合える」「直接性」のことだ。
34号線的風景の社会・現実から「肌触り」を取り戻す作業の代替行為がヲタク行脚だとしたら、ヲタクたちの大切なフィギュアへの執着もまた譲れないものであるに違いない。彼らが『希望は戦争』『こんな戦争なら悪かない』と語り始めるなら、それを産み出す世は、間違いなくぼくたちが作り出したものだ。若者のその発言に出会い困惑して数ヶ月。それが、この国道沿い風景に潜む総ブラック企業社会の深層構造への、それを作り出した社会と企業と労組への、大切なことを労働現場から追い出し片隅へ置き去りにして顧みなかったぼくら日本の大人たちへの、その共犯関係への、逆説的挑発言辞だと理解することにしておく。 「悪人」や「変人」や「バカ者」や「ヲタク」が、国家の操作に乗らないことを祈っている。自分たちの為に学べ語れ抗えと言いたいが、ぼくがしばしば「遅すぎた気付き」に在って右往左往してもなお生きているのだから、諸君何も遅くはないぞ。どんなに奇態であっても、国策に乗るよりはいい。 けれど若者よ、戦争はもっとブラックだ!
ともかくも、ハード工程の現場は終った。次の夜間無し日中作業の現場を一週間でやっつけ、9月半ばには帰阪したい。 9月20日に、女房とその友人夫婦と共に恩師を遠方に訪ねることになっている。