たそがれ映画談義 いのち 輝き 恋 原田芳雄遺作TVドラマ 『火の魚』
先日、原田芳雄の三回忌だった。彼の最晩年のTVドラマ『火の魚』(2009年)の再放送を観た。クレジットに原作:室生犀星とあった。 原作は1960年の作だというが、時代を現在に移したシナリオに違和感はない。違和感がなく今日の視聴者に届くというそのことに、何かの可能性を観た想いがする。
初老の元人気作家:かつて直木賞も受賞した自称文豪村田省三(原田芳雄)は、故郷の島へ帰って単身で暮らし、奇行(?)から「変人」扱いされ嫌われ者として作家活動を続けている。ある日、出版社から原稿を取りに来た編集者:折見とち子(尾野真千子)がいつもの男性編集者と違っていたことを、出版社に軽んじられたなと激しく立腹する。若い女性編集者を、見下し小バカし、偉そうに命を語り、人生を説く。 彼女がかつて子どもたちへの影絵人形劇に取り組んでいたと聞くと、島の子どもたちにしてやれと強引に指示する。折見の側も怯まず、村田の直木賞受賞前後以降の作品は「なまけている」し「売文」だと内角直球の辛辣批評。連載中の作品に対しても、作品に登場する「金魚娘」を酷評し、「描かれている女性はカラッポでいただけない。メイド喫茶のメイドのようだ」と抗議。メイド喫茶を知らず「冥土か?」とたじろぐ村田が「お前、俺の作品を読んではいないんだろう?お見通しだ。」と返すが、折見は村田の全作品すべてをキッチリ読み込んでいた。 次の連載分を受取りに来た折見は、「金魚娘」の死と連載終了を知らされる。村田は「お前のせいで金魚娘を殺したんだ」と嫌味を言う。 彼女が「魚拓作りは得意なんです」と漏らすと、すかさず単行本化に備え表紙を作ろうと言い出し、表紙画に金魚の魚拓をと、執筆机の金魚鉢の金魚の魚拓を作らせてしまふ。歳を重ね「ふんべつ」盛りでもある(はずの)村田は、度重なる無理難題要求の末に、意地悪く明らかに筋違いの悪ガキの「好きな子虐め」のような、「金魚娘殺し」(?)への報復遊戯の挙に出るのだった。 金魚に薬品を注射し「いのち」を絶ち魚拓を作る、そのシーンの原田と尾野の息詰まる演技は圧巻だった。(これは性的関係願望の代替行為だ、と某ブログにあった。が、そう言い切ってしまっては、ここの想波の屈折からは離れてしまふ) 尾野の頬をつたう涙…。 日が経っても表紙の完成の知らせが無いことに苛立つ村田は、出版社に催促の電話を入れ、意外なことを知らされる。 女性編集者折見は入院中だった。しかも再発による再入院だ。 慣れない花束を抱えて、9年ぶりの上京を敢行して都内の病院へ見舞いに行く村田。抗癌剤の影響で脱髪して帽子を被った彼女との、病院中庭でのラストシーン、その遣り取りに凝縮する、初老男の悔悟・恋情、死に向かう若い女の誠実な「生」・その秘やかで毅然とした矜持…。 尾野真千子さん、見事だった。原田芳雄はいつも通り「ぼく好み」だった。
「先生がそんな大きな花束を持ってかれこれ2時間も座っておられるせいで、病院中の女が色めき立っております。」 「折見・・・悪かったな」 「何のことでしょう?」 「すべてだ。気の進まない人形劇をやらせ、年寄りの愚痴を聞かせ、金魚を殺させ…」 「先生。私、今、モテている気分でございます。」 「あながち、気のせいでもないぞ。」 若い者の癌。半年か、数年か…やがて折見は絶命するのだろう。
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折見のモデルは、装丁家-製本家:栃折久美子さん(1928年生)だと言われている。室生犀星に描きたいと思わせる女性だったに違いない。 栃折久美子さんは後年『森有正先生のこと』(2003年、74歳)を書いた。書かれているのは、森有正(1911~1976)との60年代末からの「大人の恋」(50代後半と30代。17歳違いの)だと聞いた。栃折さんがそれを書いた74歳という年齢から見れば、逝った年齢で止まっている当時の愛人:森有正は現在の自身より10歳以上若い男なのだ。その妙を読んでみるか。
なお、上記NHKドラマは下記日程でCS「日本映画専門チャンネル」で放映される。 7月28日(日)10:30 7月30日(火)21:00 8月2日(金)15:10 8月10日(土)10:10 ご覧あれ!