朝日新聞社 書評サイト BOOK asahi.com(12年版)より  「高見順賞」

【2012年3月29日掲載】

〈ことば〉詩人の金時鐘さん

高見順賞の贈呈式が都内で開かれ、詩集『失(な)くした季節』(藤原書店)で昨年、在日韓国人として初めて選ばれた金時鐘(キム・シジョン)が1年遅れの賞を手にした。昨年の贈呈式は3月11日。奈良県在住の金は新幹線の中で被災し、午後8時すぎに東京駅着。徒歩と地下鉄で深夜0時前、飯田橋の会場に到着し、待ちうけた詩人の佐々木幹郎らに迎えられたが、式は延期された。
「東日本大震災は、現代詩という日本の詩の在りようをも破綻(はたん)させずにはおかなかった。観念的な思念の言語。他者とかみ合うことの全くない、至って私的な内部言語。そのような言語で詩が書かれるいわれは、根底からひっくり返ってしまった」
「心ある表現者ほど、自分で自分の言葉をのみこまずにはいられないこの1年だった。日本の詩からかけ離れて生きてきた83歳の在日定住者の金時鐘を、この授賞によって日本の詩壇の仲間の内に入れてくれたことも、現実認識における日本の現代詩の変動のしるしと受けとめている」

 

【2012年4月6日掲載】 

命がけの強靱な詩語 高見順賞の辺見庸『眼の海』

命がけで生みだされた、これほど強靱な詩の言葉はまれだろう。辺見庸(67)の詩集『眼(め)の海』(毎日新聞社)が高見順賞を受賞した。東日本大震災以後に書かれた詩ばかりだが、悲嘆や鎮魂の震災詩ではない。3・11を文化的、歴史的、地球的な視点からとらえる姿勢に貫かれ、とりわけ震災後の言語状況に対する危機感は深い。                                                                                                                                〈類化しない 統(す)べない かれやかのじょだけのことばを/百年かけて/海とその影から掬(すく)え/砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ〉(「死者にことばをあてがえ」から)                                                                                                                                      この詩をはじめ、第1部「眼の海」の27編は震災直後から、〈わたしの死者たち〉に背中を押されるように集中的に書かれた。故郷の宮城県石巻市は壊滅的な被害を受け、友人らが亡くなった。自らの表現をささえる土台としての故郷が失われた衝撃は大きかった。                                                                       反動で何も書けなくなった時期を経て、第2部「フィズィマリウラ」の24編には思索の深まりがある。フィズィマリウラとは辺見が名づけた、正体不明の異形のもの。目に見えぬ放射線のように、みぎわをさまよう。オサマ・ビンラディンの美しい顔も、アラビア海から三陸の海に流れつく。                                                                                   
「ビンラディンの暗殺、中東や北アフリカの争乱、欧州の信用危機と、3・11の前後から世界は暴力的な気配に満ちている。そんな状況の中で3・11を重層的にとらえ、俯瞰し、変な言い方だが突き放して、宇宙的な視点から見たかった」                                                                                                                                                                                                                                                                                                    高見順賞の選考会で『眼の海』は、〈あらゆる『まがい』や『ごまかし』を切り捨てた、ことばだけで挑む、苛烈な営為〉(藤井貞和)、〈これまでの現代詩の現実認識をゆるがす見事な詩集〉(荒川洋治)と、                                                                                                                                                           詩人たちから圧倒的な評価を得た。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        3月の贈呈式で辺見は語っている。「言葉と言葉の間には屍(しかばね)がある。おびただしい死体から言葉が薫(くゆ)りたってくる。私がいま享受している奇(く)しき生も、おびただしい死から押しだされるように生まれてきた」                                                                                                                                                       死と破滅への予感は、昨年、中原中也賞を受けた最初の詩集『生首』(毎日新聞社)でも濃厚だった。                                                                                                       辺見のなかで詩と散文に境界はない。詩は散文へと変容し、再び詩へ戻り、ときには散文のなかに詩が内包されている。黙示録を思わせる文明論集『水の透視画法』(共同通信社)が昨年、詩集中心の藤村記念歴程賞で最終候補になったのは象徴的だ。                                                                                                                                                    
「ただ、詩は散文より、もっと深い水深で、激しい水圧に耐えながら書く」                                                                                                                                                                 
2004年に脳内出血で倒れ、05年に結腸がんを患った。残りの命をかけて3・11を考えぬき、表現し、死者に言葉を届けたい。                                                                                                                                                                                                     〈アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である〉――ユダヤ系ドイツ人哲学者テオドール・アドルノの命題が脳裏にある。あれほどの殺戮(さつりく)と苦悩を経てしまった世界で、美しいだけの詩など書けるのか、という問いかけとして。                                                                                                                                                               「3・11を体験した今、私たちの言葉も以前と同じであっていいのか。この国には言葉が人に届かない危うさがある。震災直後に放映された、とってつけたような優しさを強調するテレビCMのように。震災を表現する言葉も、もっと自由であっていい。関東大震災の焼け跡を歩き、『あゝ愉快と 言つてのけようか。/一擧(いっきょ)になくなつちまつた。』と詩に書いた折口信夫のように」

 

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