Archive for 10月, 2011

歌遊泳: カラオケ画像に罪はないが・・・

【あるカラオケ画像】

不定期で帰阪すると、しばしばカラオケへ行く。友人とだったり女房とだったりするのだが、これが中々心身に良い(と思っている)。                                                                                                                 先月、カラオケの背景画像に苛立ってしまった。まあ、聞いてくれ。                                                                                                           元々、カラオケの画像ごとき(?)に怒っても始まらないし、よく観ていると「さっき出た画像やなぁ」といういわゆる「使い回し」もあるがこれはご愛嬌、しかも実は誰もよくは観ていない。                                                                                                                  歌い手本人が登場するパターンがあったり、まぁまぁ歌にマッチしていると思える画もあり、普段は気にも留めず見過ごして来た。

先月、同行者がある演歌を入力した。作詞者が敬愛する阿久悠ということもあるし、八代亜紀の最高作と思ってもいるので、その歌を聴きながら珍しく画像をシッカリ観た。                                                                                                                                                                                                                 都会の若いカップルだ。たぶんホワイト・カラーだろう男とOLの恋物語風の画だ。今風のファッションの男女だ。雨の舗道で何かの諍いからか、プイと去ってゆく女。後日、別れを悔やんでか男を思い出している風。男の職業と雨との関係も、女の不運やうらぶれた飲食街も、つまりはこの歌の核心がアッケラカンと捨象されている。                                                                                                                                                             ドンピシャの画像を配置しろと言いたいのではない。むしろ、画は「そのまま」でない方がいい。                                                                                                                                                 けれど、歌の世界を、今日的に今風に、ホワイト・カラー価値観と21世紀企業社会風土を色濃く投影した映像で包囲しては、唄う青年男女の想像力・構想力・未来思考力を奪ってしまふぞ。                                                                                                                                                 観ているうちに「苛立ち」に似た想いが込み上げてきた。                                                                                                    雨が降ればこの男の仕事は中止で、この女の「いい人」はやって来ることも出来るのだ。                                                                                                                                   男と女の永い月日には「雨」が差配する男女の機微が積もってもいる。                                                                                                                                                    女が唄うのは、インチキ画像を受容れる青年男女が生きる21世紀が棄ててしまった物ども・事ども総体への「粘情」であり、棄てて悔いない世情へのこの男と自分の身に染み付き・覚えている重さを根拠とした「異論」なのだ。

七〇年代末前後に、阿久悠が「消えゆく」ものたちへの限りない哀切を込めて唄い上げた一連の「演歌」の真骨頂を、件の画像が嘲笑っているのなら、ワシはド演歌を唄い続けることで21世紀世情と非和解でいよう。                                                                                                                     ちなみに、雨が降れば仕事は中止 の職業をいくつか挙げてみよう。                                                                                                                       *外部左官 *瓦職人 *生コン打設 *外部大工 *外部塗装 *外部ガラス *外部コーキング *造園業 *植木職人                                                                                                                                                                                                                                        *テント屋 *看板屋 *蜂蜜採取 *河岸の荷揚(強雨) *第三世界の青空教室の教師・・・・・

画像の社会観を易々と受容れる風土が、青年男女を「ひとつ」の価値観・就労観・職業観に「統合」して向かわせようとする「意志」と無縁ではないと思うのは、いささか過剰反応ではあろう。                                                                                                                                  けれども、TPPというアメリカン・スタンダード強迫への抵抗線には、こんなことに敏感である感性もそれを支える力のひとつになると思えてならない。                                                                                                                                       

【雨の慕情】 作詞:阿久悠                                                                                                                                                                   

心が忘れたあのひとも                                                                                                                                                      膝が重さを覚えてる                                                                                                                                              長い月日の膝まくら                                                                                                                                  煙草プカリとふかしてた                                                                                                                                    憎い恋しい 憎い恋しい                                                                                                                            めぐりめぐって 今は恋しい                                                                                                                

雨々ふれふれもっとふれ                                                                                                                                                 私のいい人つれて来い                                                                                                                                                 雨々ふれふれもっとふれ                                                                                                     私のいい人つれて来い                                                                                                                      

一人で覚えた手料理を                                                                                                                                                     なぜか味見がさせたくて                                                                                                                             すきまだらけのテーブルを                                                                                                             皿でうずめている私                                                                                                                    きらい逢いたい きらい逢いたい                                                                                                      くもり空なら いつも逢いたい

雨々ふれふれもっとふれ                                                                                               私のいい人つれて来い                                                                                                                     雨々ふれふれもっとふれ                                                                                        私のいい人つれて来い

連載 67: 『じねん 傘寿の祭り』  七、 しらゆり (3)

七、 しらゆり③

「絵葉書にあった『ひと夜秘め』の相手は北嶋さんなんでしょ?って訊いてたんです。亜希さんコクらないんですヨ。北嶋さん、答えてよ」                                                                                                         「絶対に違うし、ぼくもあの葉書見たけど君らが言うような芸能ニュース的事件じゃないような気がするな。『ありや?』という反語、苦い自問やろ?」                                                                                                                                              彼女らの興味本位にも聞こえる謎解き談義には、行き先を告げず去った上司への信頼や親愛が感じられて不快ではなかった。共に働いた時間の関係性が見えて羨ましいほどだ。                                                                                                                                       翌日は早朝からレンタカーで各地を回るという二人が「北嶋さんまだぜんぜん飲んでないし、どうぞ残って下さい」と引上げた。予期しない展開で誕生日の約束を果たせる。

おめでとうと言うと「忘れてて、さっき思い出したんでしょ」と言い当てられた。亜希が言う。                                                                             「どこかで聞いたんですが、誕生日は本人への祝いの日ではなく、実は感謝の日なんですって。自分を世に産み出してくれた母への・・・。亡くなった母には、普通ではない形で私を産んだことへの感謝を一度も言えなかったので、最近は毎年それをこの日に想うことにしてます」                                                                                                                               いつか「母の轍は踏むまいと思って来たんです」と聞かされたし、先日ヒロちゃんが亜希誕生にまつわる人間関係を語るのを聞いた。今その詳細を訊こうとは思わない。                                                                                                               「姉や兄とは、父親が違うんです」                                                                                                                                いろいろ想像したが、なお黙っていた。どうであれ、亜希の母親が亜希を産むことにした経過とその後の辛酸は尋常ではなかっただろう。今、亜希が感謝を想えるのなら、その心情が向かう先に在るものが母性というものの原点なのかもしれないと思う。裕一郎は、ユウくんの母親美枝子のことを考えていた。                                                                                                                                                                                                                                                                  そして、何故だろう『身捨つるほどの』と心つぶやいていた。                                                                                                         「この泡盛、しらゆり、母親が好きだったんです」                                                                                    テーブルに控えめにしかし堂々と立っている泡盛の瓶を眺め亜希がポツリと言う。                                                                               「誕生日ですからこれ呑んでるんです。母が好きだったこれを・・・」                                                                                     乾杯を繰り返し、近々黒川の許を去ることを伝えると、亜希も夏が過ぎれば以前居た団体に戻ると告げた。

店を出て歩き始めると、薄くなった髪のせいか落ちてくる雨を敏感に感じる。                                                                                                                         「雨やな」                                                                                                                                                             「そう? 降って来た?」                                                                                                                                                         人は我が身の心身の状況によって事態把握に差があるものだ。                                                                                            路地から国際通りへ出て、何処へ向かうでもなく歩いた。                                                                            「分からないんです」                                                                                             「何が?」                                                                                                                     「仕事の意味と言えば堅苦しいんですが、どうやれば身も心も震えるようなことに出遭えるのかとか、それに近いものを感じかけてもそれを上手く表現したり空回らずに行なうのは難しいなぁ・・・とか。これ、男女関係もそうでしょ?」                                                                                                                                                                                                                                                                       「黒川さんが、ぼくの人生は祭りだと言ってたんやが、祭りというのは非日常だからいつも祭りというわけには行きませんよねと突っ込んだ。あの人、祭りの終わりを納得できず駄々こねるガキみたいなところがあるやろ」                                                                                                                   「黒川さん何て?」                                                                                                                 「毎日が祭りであるような方法はあるんだ、やて」                                                                                                            「どんな方法?」                                                                                                                                       「言うてくれんかった」                                                                                                                                          「仕事に祭りを持ち込まれては、周りが迷惑でしょうね。男女関係も・・・」                                                                                                        「迷惑かけずに、身も心も震えたいよな・・・」                                                                                                          「北嶋さん、大阪へ帰ったらどうなさるの? 仕事」                                                                                       「あ、降って来たね。あかん、強うなるでこれ。仕事? 何とかなるよ」                                                                                                                                                                                                                                                    人波も絶えて閉じた通りの店先軒に雨宿りするように立ち止まると、すぐに本降りになった。                                                                                        「松下さん、後輩が泊まってる宿に泊るの?どういう予定?」                                                                                                          「そのつもりだったけど、彼女ら誤解して気遣ったみたい。面倒くさいからそのまま流れに乗ってやった」                                                                                  「黒川邸に来る?」                                                                                                                                                                                                     「大空さんから明日はオープン前日だから行くように言われてます。ちょうどいいけど、今夜は朝までお酒でもお茶でもいいですよ。雨宿り?」                                                                                                                           「了解」                                                                                                                                                                       雨の中を歩くにはちょっと遠いが、まあ近いバーに濡れて駆け込んだ。

連載 66: 『じねん 傘寿の祭り』  七、 しらゆり (2)

七、 しらゆり②

この看板屋は大阪のノザキのオヤジに電話して業界ルートで紹介してもらった看板屋だ。破格値で引き受けてもらったこともあり、施工後すぐに振り込むと黒川が約束していた先だ。それが事前連絡もなく半額しか振込まれていない。看板屋としては、問い質して当然だ。ましてノザキの紹介でもあり、裕一郎としても不義理はできない。数日前、銀行へ強制連行して振込ませたのだ。半額とはどういうことだ!                                                                             「そうギャーギャー言いなさんな。原価には届いているだろう?」                                                             約束をたがえた側が偉そうに言っている。原価に届くかどうかは関係ない。材料費・フィルムシートの加工費・高所に上っての二人一日の人権費・交通費・諸経費、裕一郎から見ても間違いなく格安だった。全額、約束通り支払うべきだ、支払わねばならない。オレも困るし・・・。                                                                   裕一郎は言い返す黒川の言い草に苛られて、「あんたね、ぼくの顔に泥塗るんですか? 支払えるじゃないですか!」と声を荒げた。携帯電話を手で塞いで黒川が小さな声で言う。                                                                                                      「持ち金が厳しい。運転資金と生活費に取って置くんだよ!」                                                                                    黒川は、すぐ「月末に残りを払うよ! 必ず払う。逃げやせん」と言い放って電話を切った。

看板屋への無作法は論外として、運転資金と生活費というのが解からない。                                                                     「黒川さん、当分の金はあるじゃないですか!」                                                                                                    「いや、二ヶ月分しかないんだ」                                                                                               「えっ! どういうことですか」                                                                                                                   「少し余裕が出来たので、未払いの金を払った。この先も調査を続けてもらわなないとならんのでね」                                                                                   「調査? 何の?」                                                                                                         「一身上の大事な調査だ」                                                                                                「聞いてませんよ! いくら払ったんです?」                                                                                                                        「三十五万だ」                                                                                                                                    「そんな大金を払う調査って一体何なんです? ぼくには訊く権利があります。約束の報酬もまだ貰ってない。それは譲るとしても、当面の運転資金にとやっとのことで確保した金。いわば共同運営者、当然何の相談もなく金を動かすのは信義即違反です。誰の何の調査です? 支払先は何処の何という会社です。」                                                                                                                                 「調査機関だ」                                                                                               「だから、何処の何という?」                                                                                                                          「君に言う筋合いはない。」                                                                                                  「黒川さん、ええかげんにしてくれや! 余裕資金じゃないんですよ。看板屋への支払いは約束通りしていただきます。それと、ぼくへの給与。即刻払って下さい」                                                                                                                                                                「いいよ、払ってやろうじゃないか。残金がゼロになっても、ひろしが腹を空かして泣いても看板屋と君の給与が優先だ。明日にでも払おう」                                                                                                                         「黒川さん、何の調査なんです? 言いなさい!」                                                                                                                                                                              「言いたくない。もう間もなく結論が出るところまで来ているんだ。相当絞り込んでいる。手付けの五万を半年前に払っただけなんだ。調査の女性はよくやってくれている。報いなければならないし、今後のこともある」                                                                  「何のことです?」                                                                                                                              「この話は終わりだ。さあ、そこの梱包開けてくれないか。有田の作家の焼物だ」                                                                                                       「はいはい開けますよ。黒川さん、来週、店のオープンを見届けたらぼくは去りますからね。もう貴方には何を言っても通じないことがハッキリしましたから。看板屋への支払いは、明日ぼくが振込ませてもらってもいいですか?」                                                                                                          「通帳は渡さないよ。大丈夫、明日するから」                                                                                                    「絶対ですよ」                                                                                                                              「くどい!」                                                                                                                    「ぼくの給与は、去るまでに頼みますよ」                                                                                                              そうは言ったものの、「ギャラリーじねん」の多少はあるだろうオープンご祝儀の売上がある間に確保しなければ永久に取れないだろうと裕一郎は思うのだった。                                                                                                         調査? このジジイの物事の優先順位、処理手順、思考回路・・・、解からない。黒川が先夜言っていた生母の話が事実なら、彼が言う調査は「母探し」だと思う。しかし、最初に費用を払ったのが半年前、黒川生後約八十年、戦後六十年・・・、判るのだろうか。生母はヤマトと絶縁して戦後を生きただろうに。                                                                                          思い出した。黒川の妻美枝子は「沖縄移住を決めた直前に女性から電話があって」と言っていた。半年前に費用の一部支払い。話は符号している。

 夜、助けを求めるような心境に駆られて亜希に電話した。大阪の元部下が二人沖縄に来ているので、早仕舞いさせてもらって今那覇に居る。呑み食いしているので出て来ます?とのこと。もちろん、と返事して思い出した。今日は水曜日。しまった、亜希の誕生日だった。憶えていたことにしておこう。                                                                                                       裕一郎もよく知っている元部下の女性二人とワイワイやっていた。二人は大きな現場をやり終えて休暇を取って沖縄旅行ということらしい。                                                                                                                                             「北島さ~ん、お久し振り。沖縄まで亜希さん追っかけて来たんですかあ~?」                                                                            「相当呑んでるみたいやね」                                                                                          テーブルには「しらゆり」がど~んと置いてある。                                                                                                     この泡盛は石垣のもので、独特の癖というか風味がある。以前大阪で「畳の匂いがするな」と言ってしまって「せめて井草の匂いと言いなさいよ」と亜希にたしなめられた酒だ。実際、数回呑むと癖になり、裕一郎も好みの泡盛なのだ。                                                                                                                                                               亜希はその味わいの虜になったと言っていた。癖になっているのだろうか・・・?

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