連載 64: 『じねん 傘寿の祭り』  六、 ゴーヤ弁当 (10)

六、 ゴーヤ弁当⑩

酷なことを言うなよ。オレと君との距離より、君と学生の距離の方が近いことがよーく解かった。オレは黒川さんの組なんだ。裕一郎はそう言いそうになって溜息をついて、首を振って大きな声で返した。                                                                                             「ユウくんのクロールに付き合っただけでフラフラや。休憩させてくれや」 亜希は笑って頷いた。                                                                                                                             黒川とユウくんがトイレに立っていて一人で居ると、程なくバレーを止めた亜希がパラソルにやって来た。ヒロちゃんは続けている。                                                                  ハアーハアッ、と息切れている。                                                                                           「確か、高校時代バスケット部やったと聞いてたけど、アカンか?」                                                                                                                                         「私も歳ですね。来週三十ですよ。やっぱりヒロちゃんは若いなぁ」                                                                                    「来週誕生日?」                                                                                                                      「ええ」                                                                                         「おめでとう。いつ?」                                                                                                                                              「水曜日。おめでたくもありませんが、ちょっと区切りかなあ」                                                                                                                      「二人で呑む?」                                                                                                                              「そう言ってくれると思ってました。北嶋さんと呑みたいよ」                                                                                              「連絡するよ」                                                                                                                   「はい。」                                                                                             亜希の水着姿から視線を反らそうとしても、それは視角内に在った。

 戻って来た黒川が上機嫌で言う。                                                                                                                                    「何だ、やはり亜希くんはヒロくんや学生より、こっちの組かい?」                                                                                             「はい、悔しいけどそうみたいです、エヘヘ」                                                                               「そうかい。じゃあ今後は大人扱いしてあげようね」                                                                                                                                                         「黒川さんに大人扱いされるって、ホント有難く光栄な事です。」                                                                                                                     黒川もいっしょにアハハアハハと笑った。                                                                                                           亜希は「ユウくん、私と泳ごうね」と、ユウくんの手を取って海へ小走りに去って行った。二人の背中に黒川が懇願するように言う。「亜希君、弁当にしようよ」「ひろし、すぐ上がって来るんだぞ」、二人が「はーい」と返事していた。                                                                                  「北嶋君。もう少し若けりゃ、ぼくはあの娘に猛アタックするな。どう?君は」                                                                                                                                          「どうって、親子以上の年齢差ですよ、あり得ません。そう思っているとしても、こちらの都合だけでことは成りませんよ。あなたと美枝子さんは、そこを超えたんですよね?」                                                                                        「超え損なったんだよ。結果としては・・・」                                                                                                  穏やかだった入江の浪が少しざわついたように思えた。陽が陰って来ている。

この日をきっかけに、裕一郎は沖縄を去る日まで何度か、せがまれてユウくんを海へ連れて行った。その海行きも含め、親子との距離と関りは最後に黒川から激しく罵られることになるのだ。                                                                                                                                       裕一郎は、一人では受け止められない黒川の言い分を、我が身の中に鎮めて理解しているだろうか・・・と考えている。                                                                                                        黒川の、叫びのような難癖のような無い物ねだりのようなその言い分を、斥けるほど自分が黒川と違う種類の人間だとは今も思えずにいる。

(六章 ゴーヤ弁当 終。  次回より 七章 しらゆり )

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