連載 63: 『じねん 傘寿の祭り』  六、 ゴーヤ弁当 (9)

六、 ゴーヤ弁当⑨

 下から「さあ行くわよ」と声があって、降りて行くと亜希たちは購入して来た容器に、売り物の弁当のような体裁で盛り付け食卓に並べていた。                                                                                  ん?「行くわよ」って・・・。                                                                                                                                                                                 メインのゴーヤチャンプルに、副はアーサーの天ぷらやランチョン・ミートとジャガイモの炒め物・玉子もの・沖縄っぽいニンジン中心のサラダなどが盛り付けられていた。魚汁も作られているのには感心した。保温容器に入れて持って行くつもりだろう。紙カップなんぞ用意しているのか。                                                                                       「行くわよって、どこへ?」                                                                                                                           「ユウくんに聞いてない? ユウくんが海に行きたいと言うので行くことになって・・・。黒川さんも連れて行ってやってくれって大賛成なんです」                                                                                「君たち朝から水着も買うて来たんか?」                                                                                                                       ヒロちゃんが返答役に代わった。                                                                                                             「まさか・・・。夕べ泊る予定だった玉城のホテルの前にいい浜があって、朝から泳ぐつもりだったんよ。北嶋さん水着持ってる?」                                                                                                「いや、永い間泳いでないよ」                                                                                                                 「沖縄に来てるのに泳いでない? もうぉ、信じられんわ。アカンねぇ~オジサンは。泳ごうよ。途中で買いなさい。」                                                                                                                      これが、若さなんだろうか・・・。亜希とヒロは、昨夜の深酒などケロリと飛ばし、元気いっぱい起きて朝から買出しに行き調理したのだ。こっちは二日酔いではないが、さすがに酒が抜けない。けれど、勧められたおにぎりと熱い魚汁を食すと何故か全身がスッキリするから不思議だ。                                                                       亜希は昨夜の会話を確実に憶えているだろうが、バツの悪そうな表情をするでもなく、むしろ喉に引っ掛かっていた魚の小骨が取れたようにサバサバしている。

亜希たちが泳ぐつもりだった玉城の海岸へ、軽自動車に五人乗りの交通違反状態で向かった。助手席にユウくん、後部座席には亜希とヒロちゃんの間に黒川が身を細めて笑顔で座っている。                                                                                                             途中、幹線からは少し離れた斜め前方にユウくんが通う園の建物が見えて来ると、ユウくんが「あれが、ひかり園だよ」と二人に指差して告げている。ユウくんによれば、園ではボランティアの兄さん姉さんが来て指導看視役を多く確保できるときに限り、公営プールの「浅い方のプール」で泳げるそうだ。今年はまだ泳いではいない。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     日曜日の浜には真夏の観光シーズンのような賑わいはなく、東京の学生らしき少人数のグループと地元のファミリーが少しで、沖縄の陽射しと混み合っていない浜は絶妙のバカンスだと思えた。

裕一郎は、出た腹と白い肌を気にしても始まるまいと諦め、ユウくんの手を引いて脱衣場を出た。海辺では、亜希とヒロちゃんがもう泳いでいる。学生たちのグループと談笑している。黒川は「医者に止められている」と泳ぐ気配などまるで無く、頭からタオルを被り、砂浜のパラソルの中で微笑んでいる。裕一郎は、自分は八十歳を前にした黒川の側に居るのが相応しいのだと強く感じた。ユウくんが居なければそうしただろう。                                                                                                                                       遠浅の入江浜は、浪も弱くプールのように均一の深さでユウくんの足が届き、自称クロールの披露には最適だった。7~8Mほどを、息継ぎ出来ずバタバタと進み、ップワァーと立ち上がる。足が届く深さは絶対条件だ。それを何度か繰り返し、30M程を泳ぐというかともかく泳ぎ切る。「見て。チチ、観て!」と離れたチチに大きな声で訴えている。黒川は手を振って応えていた。                                                                                                                      それを数回反復して疲れたユウくんを連れて黒川が居るパラソルに戻ると、目の前で学生たちのビーチ・バレーが始まった。亜希とヒロちゃんも加わっている。驚いたことにその技量は学生と変わらない。                                                                    高校時代に柔道部に少し居ただけなので、ただでさえ球技には全く自信がない。まして年齢からして加わろうとも思わない。嫌な予感に怯えていると五分もすると亜希から声が掛かった。                                                                                                          「北嶋さ~ん、入りません?」   

                                                                             

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