連載 61: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (7)
六、 ゴーヤ弁当⑦
シャワーから戻って来ると、黒川が天敵ヒロちゃんと言い合っていた。ヒロちゃんの「中年オヤジ話」らしい。 「出したいだけなんでしょ?」 「何っ?」 「そう言ってやったんよ」 「誰に?」 「そのオヤジ課長にや。手でやって上げようか、って」 「おいおい、ムチャクチャだなあ」 「何なら口でやって上げようかとも言うたった。中年男は怯むやろ、そう言われれば」 「そりゃビックリするだろう。下品なことを言うもんじゃない」 「そうそう、そいつもそう言うたよ。けど、そうなんよ。何が下品よ! 出したい、欲しい・・・。女はそれを受け容れるか否かなんやと思うてるんや男は・・・、ねぇ、亜希さん。私には、男には在るような、出したい的感情はよう解からん。この女が欲しい、この女とやりたい出したいと疼いても、逆に出されるものを受容れるような感覚、それは無いんでしょ、男には・・・。そこが憎たらしい。ジイさん、どないやのん?」 「もう出ないよ」 一同が大笑いした。一緒に笑っていた黒川が表情を変えて大真面目に言った。 「男の愛はもっと深いものだ」 「深過ぎて、奥さんがここでは泳げませんと出て行ったんよね、ジイさん。」 「失礼なことを言うんじゃない! 君はまだ若い、結論が早過ぎる。だいたい、ひとつの場面だけで男を見限ってはいかん」 「私、ひとつの場面で言うてるんやないんです。基本の構えを言うてるの。」 「ヒロちゃんが言うこと、わかるような気がする」。亜希がそう言うと黒川は黙った。 タオルで髪を拭きながら壁際に座った裕一郎は、亜希と視線が合ってしまって困惑したが、酔っているからか、亜希は「そうでしょ?」と問いかけるような同意を求めるような眼差しを逸らしはしなかった。 受容れるような感覚を男に求め、ヒロちゃんが言う「構え」を糾す私たちは、同時に打ち「出す」ものも持っていたい。関係は相互的なものですよね。男に求めるだけじゃ何も解決しないと承知してるんです。亜希の視線にはそんな言葉が宿っていた。
黒川が座卓の陰で、座布団を枕にして起きているのか眠っているのか分からない状態で沈んでいる。なおも呑む亜希とヒロちゃん。 目の前で目が座って行く亜希の射るような視線を受けると、その姿に二重写しに、豊かな胸を顕わにした姿などがチラついて来るから困る。それを知ってか知らずか、すかさずヒロちゃんが鋭い目をして言う。 「北嶋さん、亜希さんのエロい姿をいやらしく想像してるんでしょ?」 「そんなことないよ。考えすぎや。老人をからかうなよ」 亜希への恥かしさもあってそう答えたが、ヒロちゃんに指摘されるとそんな画像が浮んだ。払いのけようとしたわけではなくもっと想像していたかったが、程なく消えて行った。我に返って亜希に目をやるとほとんど眠っている。 亜希は限界だと思い「もう遅いから寝なさい」と二人に声をかけた。ヒロちゃんが頷いた。書斎に布団を運び込み、ヒロちゃんが手伝ってくれて二人の寝床を作った。亜希はすでに気絶状態で、ヨレヨレになって歩いて行き、バタン・キュー。 ヒロちゃんが言う「北嶋さん、亜希さんが気になるんでしょ。まぁ、精一杯やってよ。父親代わりかな」 「そうやな・・・けど、出来れば恋人になりたい、が本音かな。父親役なんかご免やな」 寝てしまった黒川を起こし、二階へ上がった。
亜希はある路を自己弁護に塗れることなく通って来たのだ。それは亜希の豊かさを増すことにはなっても、マイナスになどなりはしないよ。やっぱりいい意味でキャリアだよ。 「出したいだけなんでしょ」・・・か。その聞かされたこともない表現を耳にして、たじろぎはしたが、何故か不快感なく反芻していた。それは、露骨なのではなくひょっとしたらある関係や構造の核心を突いているように思えてくる。ヒロちゃんのこうした言い回しは、自分たちの時代の男女の蹉跌と歴史が蓄積された成果だろうか、それともそうではないのだろうか・・・。グルリ回る環状の男女路は、横から立体で見れば上って行く形状のらせんの構造をしているのだろうか? 解からない。 昔、「お前の描写は、脳味噌と下半身が分裂している」と指摘されたことがある。けれど、脳味噌と分裂せず一致した、下半身の疼きはあってしかるべしと思う。隣にヒロや黒川が居なければ、亜希を押し倒さずに居れただろうか・・・? もっとも、倒し合いの体力勝負でも亜希に勝てるとは思わないが。 裕一郎は、かなり呑んだのに寝付けなかった。