連載 59: 『じねん 傘寿の祭り』  六、ゴーヤ弁当 (5)

六、 ゴーヤ弁当⑤

 比嘉がその未完成だがほぼ仕上がったシーサーとユウくんを見てしみじみ言った。                                                                                                沖縄では、ユウくんのような子を「神の子」と言うのじゃ。各共同体では、「そんな子を迫害すればバチがあたるさ、そりゃぁ神の子をいじめているんだから・・・」と教えている。そうやって子供たちの権利を守っているんじゃ。                                                                                                                         「ユウくんにも、他の子と同じく生存の権利がありますもんね」と相槌を打つと、比嘉は言った。                                                                                                  「違うんじゃ、それは前提なんじゃ。ユウくんのような子の権利を守る、当然なんじゃ。ここは、この教えは、迫害する側と迫害される側の両方の子を、そうやって守ろうというのじゃ。解かるか裕一郎。」                                   
「人は誰にも、本来、他者を迫害することなく生きてゆく権利がある。それは義務であるよりは、権利なのだ。そう言っておるのじゃよ。『神の子』が生きてゆける環境を作り、『神の子』の育ってゆける人間関係を保証し、受難を最少限にする条件つまり『神の子』の教育権などの人権をぎりぎり守り、一方で加害に加わってしまいがちな他の子の人権も守ろうと言うのじゃ。」                                                                                                           まだシーサー作りをしていたいというユウくんをなだめ、アトリエを後にした。仕上げをいっしょにしような、と比嘉がユウくんに声を掛けていた。

「沖縄は深いねぇ~」                                                                                                                                                                                       帰りの車中で黒川がポツリと言った。裕一郎も比嘉の言葉を噛み締めていた。他者を迫害することなく生きてゆく権利・・・。                                                                                                                             日が暮れるころ、ギャラリーに立ち寄ると大空に亜希とヤンキー娘ヒロちゃんも加わって作業していた。陳列台下部の収納部分、建具の開閉に難がると、一旦全部外して付け替え微調整している。                                                                                                                                                                                                                                       「精が出るねぇ。君には頭が下がるよ」俺には下がらんのだよな、黒川さん。                                                                                                                 「建具のガタ付き、気になったのよね・・・。あと二枚で終わります」                                                                                             大空は額の汗を拭って微笑んだ。亜希が木屑を掃いている。                                                                                                                                                     残っている照明の件、自宅の家具類の持ち込み、商品の搬入などを打ち合わせ、黒川がオープン日を決めた。二週間後だ。                                                                                                             「もう船はないよね。今夜はどうするのかね?」                                                                                             「今夜、品物を卸している店数件と懇親会があってみんなで行くつもりです。まあ接待ということです。懇親会は店の持ち回りで今年は玉城。宿泊についても用意してくれてます」                                                                                                                 ユウくんが亜希に言った。                                                                                                                                   「アキさんは、うちに泊まるよね。去年、約束したもん」                                                                                                                                           「約束ぅ? そうか、そうだね。じゃあそうしようか。いいですか」                                                                                                                        亜希が大空と黒川に目で問いかけ承認を得て、亜希とヒロちゃんは懇親会のあと黒川宅へ来て泊まることになった。黒川は大喜びを隠そうとして隠せない。鼻がピクピクしていた。                                                                                                      大空は、自分は朝の船で帰るが、君たちは夕方の船で帰ればいいと配慮を示した。                                                                                   

十一時を回ったころ、亜希とヒロちゃんがタクシーでやって来た。相当呑んだようで、アハハアハハと笑い転げ、明らかに酔っている。黒川はすこぶる上機嫌だった。いくつになっても、若い娘には目じりが下がるのだと呆れたが、それは裕一郎とて全く同じなのだ。                                                                                                                     ユウくんはもちろん起きてはいたが、もう目はトロトロで二人の来訪を確認して安心したのか、ダウン寸前。ユウくんを数分かかって二階の寝室へ誘導して降りてくると、酒盛りが始まっていた。応接間は、運び出す商品が積まれていて使えない。三人は黒川の書斎に陣取っている。彼女たちが宴会から持ち帰った料理をアテに泡盛を呑み始めていた。                                                                                          裕一郎が加わって「もいちどカンパーイ」となった。八十歳前と六十歳前の老人二人を前に、安心感に支配され、酔いも手伝って彼女たちの会話は大胆に展開されそうだ。                                                                                       大空の話になっていたらしく黒川が喋っていた。                                                                                「気付いているんだろ」                                                                                                             「知りませんよ。いい人だと思いますけどそんな気はないんです」                                                                           ヒロちゃんも口を挟む。                                                                                                                                                      「たぶん、もう秒読みですね。彼がコクるのは」                                                                                                                                           「だろ? 罪だねぇ」                                                                                                                                                                                              「どうして罪ですか? 私には自分以外の人間の課題をいっしょに思い悩んだりする余裕はないんです。それが罪ですか? 大空さんがそんな気持ちで居るなら明日にでも出て行きますよ。思うんです、男女にはタイミングというものがあって、互いに必要としている時しかそうならないんじゃないか、と・・・。黒川さん、人のことより美枝子さんとのラヴ・ロマンスはどうだったの? すごいことやったって聞いてますよ」                                                                                    美枝子から聞いた三十年前のドラマを暴露してやろうかと思った。タイミングか・・・きっとそうだ。美枝子の話が事実なら、二人で仕切った展示会を終えた翌日、美枝子が松山駅で「もう一日居れば」と声をかけ結ばれ、やがて黒川が妻子を棄て度々松山へ押しかけ一大パフォーマンスを演じたドラマには、確かに両者のタイミングがあったのだ。個人史・私的状況・公的状況・・・その複合、つまり「時代」。それらが、互いの、人柄と総称される、個性・感性・考え・基本スタイルに共通して刺さらないなら、事態は起きはしない。そして、共有する「時代」とは成り難いのだ。それが、人というものにいつまでも棲み付いてしまうその人固有の時代というものだ。

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