連載 57: 『じねん 傘寿の祭り』 六、 ゴーヤ弁当 (3)
六、 ゴーヤ弁当③
翌日、早速契約した。五月は改装に当て、家賃発生は六月からとしてもらえた。大空のお陰だ。 材料を調達して三日後から工事を始めた。大空は那覇の友人宅に泊り込み、現場に来て収納庫付きのロー陳列台を器用に作る。既製品家具はもちろん、家具工場で作った整った家具では出せない、手作り感いっぱいの多少不揃いのいい味わいがある。裕一郎はもっぱら大空の助手をした。 昼に近くの路上に出る屋台の弁当屋で買ったゴーヤ弁当を食うと、これが安くて美味い。ゴーヤ・チャンプル以外のおかずが日替わりなので飽きもせず連日ゴーヤ弁当を食った。350円、スープが30円。安い。
天井は裕一郎がローラー塗装し、クロス屋に壁を貼替えさせ、床は休みを使って応援に来た亜希も加わり三人で木調塩ビタイルを貼った。久しぶりの店作りに心動いたのか、いつぞやの床材料ミスを思い出したのか、亜希ははにかんだような表情を見せて、額に汗していた。六時間後貼り終えたときの、達成感のようなものが、やはりかすかに込み上げた。身に沁み付いた職業病だろうか・・・。 照明配置を大きく変えるのは、器具代以外に配線や天井補修もあって無駄。で、近くの電気屋を呼んで、左右壁前の陳列台から少し離して通路の天井に配線ダクトを取付け、商品を照らすスポットライトを設置することにした。あとは、その照明取付と、店の外部の看板だ。黒川宅にある応接セット・大阪から持って来ている陳列棚を設置すれば完成だ。工事は通常なら一週間で終る内容だ。云わば自前の素人手仕事、それでも約二週間でほぼ終った。大空への手間賃は、黒川が、預けていて売れた商品代金十五万を約束どおり払うと言ったが、大空は一日一万円、計九円万貰います、と六万を返した。黒川はさすがにその六万を「まぁ臨時賞与だな」と言って裕一郎に渡した。 もしもし、臨時も何も正規の報酬を、まだ一文も貰ってないぞ。どうする気だ?
在来の看板を再利用しようと、ボディの再塗装・面板の交換・内蔵照明の交換などを看板屋と打合せていた土曜日。打ち合わせが終る頃、黒川がユウくんを連れてやって来た。 比嘉真を訪ねようと提案した。開店に向けた智恵もくれるだろう。ユウくん同行は前回訪問時に比嘉が勧めてくれていたから歓迎されるだろう。土曜日で少ない弁当屋台で、ゴーヤ弁当を買い、比嘉に「弁当持って行きますからね」と伝えると比嘉は上機嫌だった。 比嘉のアトリエへ向かう車中で、黒川が休園日だが園に呼び出され、ユウくんの「暴力事件」を知らされたと聞いた。決して暴力など振るわないユウくんが、自分より体格の大きなシンジ君とトラブルを起こし投げ飛ばされるや、箒を持ち出し背中を叩いたという。黒川は「ひろしは理由もなくそんなことは絶対しない」と突っ張り、トラブルの原因を問い質したらしい。 園では、喧嘩両成敗、よくある「喧嘩」の一種だとして、互いが原因について語らないので分からないと言う。ともかく暴力はいけないの一点張り。黒川もユウくんにどうしてトラブルになったのか訊くのだが、ユウくんは「解からない」としか答えないという。 裕一郎も、ユウくんの人柄から暴力など考えられない。またユウくんは、自分の体力的な弱さも充分知っていて、人に対していつも一歩引いていた。そのユウくんが箒を振り上げる・・・、そこにはそうしなけれ崩れてしまう、守ってきた信条の危機があったのではないかと思った。 黒川は、箒で叩いたことは咎め、原因についてはいつか話してくれるだろうと、しつこく問うことはしなかったそうだ。いい父親だ。
裕一郎は直感する。往き帰りのバスでいっしょだと裕一郎が想像しているユキちゃん、彼女がこの事件に関係しているのではないか。そう思ったが、黒川には黙っていた。 いつか、ユウくんと恋の話をしよう。