連載 52: 『じねん 傘寿の祭り』  五、 キムパ (8)

五、キムパ⑧

 黒川が体験工房を見たいと席を外したので、大空と施工の話が出来た。黒川のギャラリーを実際に施工することになれば、お互いどういう守備範囲でするか大まかな話しをした。大空の心当たりの物件も聞き出せた。改装し易く立地も広さも賃料もまずまずの物件概要を聞けた。                                                                                  裕一郎も体験工房を覗いてみた。予約以外にも、家族連れと、若者グループの二組が居た。中に生き生きとして新しい感覚の素晴らしいシーサーが踊っていた。作った少年にはこれがどこに売っているものよりも琉球のシーサーなのだ。亜希はヒロちゃんといっしょに一人一人と会話して楽しそうに進めている。ついつい最後まで見ていた。                                                                                                 出航には早いが、大空の「亜希ちゃん、港まで送って行って上げて」との配慮に甘え、帰路に就いた。亜希が運転する車は初めてだ。黒川は相変わらず上機嫌だ。                                                                                           「君が大空の所に居たとはねえ。裕一郎君とぼくらの送別会に来てくれた時には、てっきり裕一郎君といい仲なのかと思ったんだが」                                                                                                                             「黒川さん、ちょっとぉ」と裕一郎が制しても                                                                                                                        「なら、何度か焼物買ってくれた、君の会社の専務と深い仲なのかい?」と黒川は亜希の背中に芸能記者攻撃を加える。                                                                             「ちょっと黒川さん、しつこいですよ」                                                                                               運転席の亜希は聞こえない振りをしている。                                                                                                    「いや、彼から電話があったもんでね。ピンと来たんだよ」                                                                                                                                                            「えっ、高志から?黒川さんに? なんで?」                                                                                                                        「いや、仕事を頼んだので、その返事して来たんだ。その時言ってたよ、会社を辞めた女性社員が沖縄に行くかも知れないと」                                                                                                      「仕事って、まさか例の売掛金回収じゃないでしょうね」                                                                                    「それだよ」                                                                                                                          「それだよって、昨日それは止めてくれとお願いましたよね」                                                                                                                         「聞いたよ。けれどそのときすでに依頼済みだった」                                                                          「いつです?依頼したの」                                                                                             「君が来る少し前だったかな。君が来る前日だったような気がするね」」                                                                                                             黒川は、芦屋の自称資産家の婦人、若い教師夫妻からの回収を高志に依頼していた。やがて、高志から裕一郎にも連絡があるだろう。来る前日? 美枝子を訪ねて松山に居た日だ。黒川なりに回収準備をしていたのか。                                                                                                            「で、高志は引き受けたんですか」                                                                                                       「返事は無い。君から確認してくれないか」                                                                                                                      自分でしろ! 俺は「止めておけ」と言うぞ、とは思ったが、仕方がない、高志には沖縄に来てから電話一本していないことだし、連絡してみるか。短期間とは言え、俺はある種のパートナー、しかも大阪未回収の件について会話もしたのだ。黒川のマイペースには、美枝子がほとほと疲れ果てたのが解かる。配慮や思い遣り以前の、当然の伝達を外すのだ。高志に依頼したことを告げないのには呆れる。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      裕一郎は黒川と出会って初めて感じた思いに駆られていた。老い、「ボケ」、痴呆初期・・・。子供の年齢、言うことの{?}付きの若々しさ、引退拒否の姿勢などに惑わされて来たが、黒川はお年寄りなのだ。老人の頑迷さと思ってしまえば済む苛立ちを、五分に渡り合い説得しようとするこちら側の無理解に問題があるのかもしれない。

港には乗船半時間以上前に着いた。港近くのお食事処に入った。度々、配達などで本島に行く際に度々利用しているからか、亜希はそこの小母さんと顔見知りだった。親しげに挨拶している。                                                                                       出てきたコーヒが意外にも美味く驚いた。きちっと点てているのだろう。一口飲んで亜希が言う。                                                                            「黒川さん、専務とお親しいんですか?」                                                                                                                  「そうでもないが、客の一人だ。三度ほどそこそこの物を買ってもらった」                                                                                        「そうですか。私が沖縄に居るって知ってました?」                                                                                                                                                 「女性元社員が行くかもしれないだけで。あなたの名も言ってなかったよ」                                                                                            「車の中で聞こえてましたけど、何にもありませんよ、専務とも北嶋さんとも」                                                                                                      「判ってるさ。失礼した」                                                                                                                                                               「私が沖縄に居るの会社関係は誰も知らないはずです」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    「引続き内緒かね。裕一郎君はどうすりゃいい?彼は専務の友人だよ。こうして出会った以上黙っておくのも不自然だろう。ねえ、裕一郎君」                                                                                                「いや、ぼくはどのようにでも・・・」                                                                                       「成り行きにお任せします。もう五ヶ月になりますし・・・隠している訳じゃないですし」 

 

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