連載 47: 『じねん 傘寿の祭り』  五、キムパ (3)

五、キムパ ③

隣の棟は教室だ。大きな作業台が二つあり、それはシーサーや貝殻を使った工芸品・アクセサリー・ペンダント・キャンドルの製作とランプの組立ての、その体験工房の際の客生徒の作業台でもある。今は連休中で夏に次ぐシーズンだが、たとえば今日の予約は沖縄本島から日帰りで来る浦添の子供会五人と引率の青年計六名の、一時半からの一組だけだという。夏季の半分以下だそうだが、連休が終われば卸し用商品の製作だ。そう大空は説明した。                                                                                                                                                                                                                                    さらに奥の、傾斜地に合わせ二階になっていていかにも増築した風の、工房を見せてもらった。卸す品の在庫状態や受注状況を見て優先するものを決めて順次製作している。この店で売れる数はしれているそうだ。シーズン前には教材というかパーツ作り作業に追われ、シーズンに入れば総出で体験工房の指導員もこなす。裏の小道からも出入りが出来る。裏からは一階というわけだ。製作の方針を巡っての行き違いから辞めた二人の男性スタッフは、ここの中心メンバーだったという。

昨日、黒川は「店作りを任せられるか見極めて欲しい」と言った。見極めるも何も、この工房を、友人に手伝ってもらいほとんど自身で作ったと言う大空は、これ以上無い適任者だ。専門家を呼んだのは電気や給排水・プロパンガス配管の仕事くらいだと聞かされた。そんなことは黒川は判っていたはずだ。大空に会わせれば、意気投合するとか、施工の虫が目を覚ますとか、引上げるには後ろ髪引かれる気分になるとか、何であれ裕一郎が帰阪方針を微調整すると踏んでいたのだろう。亜希が居たという望外の援護を得て、黒川は上機嫌だった。                                                                                     工房では普段、当番制で夕食を作り全員で食べている。実際は、大空は商いに出かけていることが多く、ほぼ半分の日はスタッフだけで食べるという。大空は律儀に遅くなって独りでそれを食べているという。港の近くに部屋を借り、女性三人で暮していて、男性用の部屋は現在空き部屋。いずれも夏季にバイトが来ることを前提に三部屋ある家屋だ。港から工房まで、それぞれバイクで通っている。一人は軽自動車を持っている。                                                                                                 今日は黒川が来るというので、その当番制を前倒しして昼食にする変則だそうだ。その当番が、ちょうど亜希だった。時計を見ると十一時前、キッチンに向かうのだろう亜希が言った。                                                                                      「今日はお二人が見えるというので、教えられた母の味を作ります。期待してもらっていいですよ。」                                                     大空が嬉しそうに言う。                                                                                                                                         「あれかい? いいねぇ。ぼくも大好物なのよね。」                                                                                                         「ハイ、あれです」と言って亜希はキッチンへ向かった。                                                                         黒川が質問し始めた。思ったこと気になることをズケズケ訊くのがこの男の個性と言えば好意的に過ぎる、無神経さなのだ。語れる環境があり、聞こうとする雰囲気があり、大空が語りたいと思えばやがて聞けるのだ。子供と同じように「待てない」ジジイだ。                                                                                          「辞めた男スタッフとの行き違いって何だね?」                                                                                   「いや~大したことじゃないんですが、小さな工房、工房と言っても卸しの商品をどんどん作らないと食って行けない家内工業、創作を目指す者にはちょっとね・・・。また、あとで」 

                                                                                                                                                       テラスで昼食だ。出てきたのは、キムパ。正確に表記すればキムパプとなるそうだが、聞き取れる音はキムパだ。裕一郎にも馴染みの韓国海苔巻きだ。キムパとそして又もやチヂミだった。わかめのスープも付いている。キムパの具は、厚焼玉子・たくあん・キュウリ・しいたけの煮物・カニ蒲。そしてキムチ入りとキムチ抜きがあった。沖縄アレンジで、肉っけは缶詰のポーク、ランチョン・ミートだ。七㎜厚ほどにスライスして軽くソテーして角棒状にカットする。これが絶妙に全体の味を引き締めている。具は実に豊富だ。海苔の表面に薄く塗ったゴマ油と、炊き立てのご飯に混ぜる、塩・出汁醤油・少量の酒・ゴマ油の配合具合が決め手らしい。白ごまの加減がいい。巻きの締まりの程は抜群だった。 

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