連載 46: 『じねん 傘寿の祭り』  五、 キムパ (2)

五、キムパ ②

下り坂に来て、眼下に広がる渡嘉志久の海に驚いた。やや曇天でも鮮やかなコバルト色だ。晴天下ならさらに鮮やかに違いない。慶良間の海を挟んで、すぐ向かいに阿嘉島・安室島・座間味島が繋がって見える。浜を見渡せるホテル前の小道に沿って、並ぶ店の中にひときわ目立って大空の工房はあった。                                                                    

動悸を自覚した。汗ばんだ手を開こうとすると、何か知っているのか、それとも車中の会話からある確信を持ったのか、黒川がポンポンと肩を叩く。裕一郎は、その手を払い除けるように身体を反らした。横を見ると、黒川はニヤリと笑っている。

 まだ開いていない店の引戸を開けると、奥から小柄でよく日に焼けた女性が現れた。「お疲れ様。お帰りなさい」と大空を迎えた女性は、黒川と裕一郎に「いらっしゃいませ」と会釈する。店内を見渡すと、黒川が言った通りの商品が並んでいて、店に隣接して「体験工房」の教室があった。小学校の教室半分ほどの広さがある。キョロキョロしていると、続いて女性が二人出てきた。一人が亜希かもしれない。前の女性は違っていたヤンキー風だ。二人のうち後方を来るのが亜希なのか・・・?                                                                                         正視できず視線は泳いでいた。

「いらっしゃい、黒川さん。お隣は北嶋さん・・・ですよね」記憶通りの、やや低い乾いた声を聞いた。                                                                                             「いや~、亜希さん頑張ってるようだね」と黒川。裕一郎が続く。                                                                                                             「ご無沙汰です。お元気そうで・・・」                                                                                                                          この緊張は何だ。中学生の初デートのように全身が固まり言葉が出ない。亜希は二人に挨拶する。                                                                                 「黒川さん、失礼しました、お知らせもできず・・・。今日お会い出来ると知って楽しみにしてたんです」                                                                                                                   「北嶋さん、お久し振りです。ノザキ、辞められたんですね。大空さんから黒川さんとの電話内容聞きました。黒川さんところへ来ておられたとは・・・。ギャラリーじねん、出すまでいらっしゃるんですよね。」                                                                                               裕一郎が「ええ、まあ・・・」と答えるのと同時に黒川が言う。                                                                                                                                    「三月だったかな・・・、ひろしが通う園の近くで亜希さんが青い車を運転しているのを見たと言うもんで、半信半疑だったんだが、どうやら事実だったようだね。一度しか会っていないのに、しかも運転中を見ただけで判るんだから、ひろしは鋭い大したもんだ。あの子の女性観察はすごいんだよ」                                                                                                「ああ、それ、玉城の得意先へ商品を届けた前後でしょうね。大空さんに代って納品することもあるんです。新人の役目です」                                                                                               「園が在る豊見城を通ったんだね」                                                                                                             ユウくんの観察力に驚いた。なるほど、だから、裕一郎が沖縄へやって来た初日、自分の観察記憶を確かめる目的で、わざわざ「北嶋さん、あの時のお姉さんは?」と問い、「あのお姉さんはね大阪やで」との裕一郎の答えに、しぶしぶ引き下がったのか・・・。                                                                                               裕一郎は、いま、「ギャラリーじねん」を出すまで居るのですよねと問われ、それに「ええ、まあ」と答えたことを振り返っていた。が、「あっ、肯定してしまった。まずい」と思ったのは一瞬だった。まずいどころか裕一郎はもう決めていた、俺は当然「ギャラリーじねん」を完成させるまで居るのだ・・・。黒川に対して近々帰ると大声で宣言した恥ずかしさなど考慮の外だった。黒川が、裕一郎の肩に手をやって口を開く。                                                                           「無理言ってね。帰らなきゃならん用件が降って沸いたのに、夏まで居てくれと頼んだんだら、その用件を断って残ることにしてくれたよ。いい男だ」                                                                               勝負は付いた。黒川の勝ちだ。黒川は勝利に酔っているのか、きっと貸しを作るつもりで言ったに違いなかった。                                                                                                                   傍らで聞いていた大空が、さあさあと隣の教室へ案内した。いましがた紹介された関西出身のヒロちゃんというまだ二十歳前に見えるヤンキー風の娘も付いて来ている。最初に応対した小柄な洋子さんという女性は店に残って開店準備を始めていた。

亜希とは約半年振りだが、それが十年以上に思える。この女性に何の用があるのだ、どんな関係があったと言うのだ、一体何を語り合うというのだ?何もありはしないではないか。そう思うと、動悸が治まったように思えた。すると、逆に亜希がひと度は抱えそして超えたものを思い、冷静な愛おしさのようなものが込み上げてきて、その半袖夏姿を正視することもできるのだった。                    (体験工房前で → )                                                                                                                                                                                                  

 

 

                                                                                                                                    

 

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