連載 45: 『じねん 傘寿の祭り』 五、 キムパ (1)
五、キムパ ①
渡嘉敷島へ行くにはフェリーもあるのだが、昨夕黒川が「とまりん」で「任せておきなさい」と高速艇「マリンライナー」を選択して、乗船切符を購入していた。所要時間はフェリーの半分の三十五分だ。那覇泊埠頭午前九時出航、帰りは渡嘉敷夕方五時三〇分出航、ちょうどいい。
船内は、連休でダイビングにやってきた若者などで賑わっている。〇五年四月二九日、曇天だが暖かい。昼には確か二十七度になったはずだ。島の東側にある港に降り立つと、知念大空が青い軽ワゴンで迎えに来ていた。甥と言われれば、確かに雑誌やテレビで観た知念太陽に似ている。四十代半ばだろう。 高速艇内で聞かされた黒川の話では、店で売る品物を自前では作っていない沖縄中の「土産物屋」へ、この軽ワゴンで、シーサー・アクセサリー・ペンダント・キャンドル・ランプなどを卸していて、手広く「商い」をしているそうだ。品物の出来が他よりいいと好評らしい。喧嘩別れした伯父太陽に似て「なかなかの商売人」だという。常時二・三人の若い工房員が居るが、出入りは激しいらしい。夏季には店が忙しくなるので、販売だけを担当する若者が短期バイトで来るという。そのバイトは、寝床付・食事付で日当三千円+売上の二〇%がコミッションだそうで、若者は必死になってガンガン売るのだという。休日には透き通ったコバルト色の海でダイビングを楽しみ、いい空気を吸い、滞在費もクリアできる。労働をしない空虚や負目からも免れることが出来る。バイトはリピーターや紹介が多く、求人には困らないらしい。上手いシステムだ。黒川のこれらの情報は、昨秋沖縄に来て以降のもので、古くから知っているような口調は黒川マジックの変種には違いない。もっとも、黒川は大空が伯父太陽の工房や東京の太陽プロダクションにいた頃から面識があるので、古い知人であることは事実だ。太陽に切られたことで、大空には黒川から近づいたに違いない。
後部荷台に商品が積まれたワゴン車に誘導されて、黒川が二人を交互に紹介した。乗車して一呼吸して、裕一郎は浅黒く筋肉質の大空に訊いた。 「知念さん、大空というのは本名ですか?それとも・・・」 「恥ずかしいんですが、本名です。伯父の太陽もそうです」 第一印象というものは不思議なものだ。大空が実名だというだけで、この男への印象度計測器の針が好印象の側へピクリと振れるのを感じた。大空が黒川に笑顔で言う。 「黒川さん、北嶋さんの登場で念願の自前ギャラリーも目前ですね。いい物件見つかりました?」 「うん、候補はいっぱいある。間もなく決めるよ」 「手伝いますよ! ぼくの商品も安く入れるから、どんどん売りましょうね」 「ああ、頼むよ」 「百貨店や展示会場に、二割もピン撥ねされることも無くなりますよね。残りの数%での遣り繰りは、貴重な人脈や作家との歴史を差出す企画者には酷なシステムですよね」 黒川が焼物陶芸・絵画版画のギャラリーに国際通りを選んだ理由、自前ギャラリーに拘る理由、その一端が垣間見えた。かといって、国際通りの、それも奥まった若者ファッション・ビル風のあの物件はいただけないのだが・・・。少なくとも、黒川の主観的願望だけは理解できた。 黒川が、国際通り案件を選んだ理由として、大空の土産物販売のことを全く言わなかったのは、またぞろ知念頼みかと指摘されるのが厭だったのだろうか、土産物を置くことを躊躇っていたからだろうか・・・。
西海岸の渡嘉志久ビーチにある工房兼店舗へ向けて狭い山道を走り出した。運転する大空が奇妙なことを言っている。 「黒川さん、新入りスタッフも期待してますよ。ギャラリーが完成したら、手伝いに行くと言ってね」 「嬉しいね。新入りって?」 「黒川さん、ご存知ないかな~。正月に来ましてね。ちょうど男性スタッフが続いて二人辞めたので、女性ばかり三人となりますが来てもらうことにしたんです」 「そうかい、しかし、なんで手伝うとまで言ってくれるのかね?」 「大阪のギャラリーじねんを知っていると言ってましたよ」 「うちを、知ってる? 君~い、昨日の電話でそんなこと言わなかったじゃないか」 「黒川さん、年末に電話で話したきり、昨日が久しぶりですよ。言い忘れたのね。もう四ヶ月になりますね。バイトじゃありません。バイトは夏だけです。工房のスタッフに雇ってくれって。あとで紹介しましょうね。」
根拠の無い期待に裕一郎の掌は汗ばんでいる。「そのスタッフの名前は?」と訊きたいのだが、黒川の手前黙っていた。