連載 44: 『じねん 傘寿の祭り』 四、 じゆうポン酢 (11)
四、じゆうポン酢 ⑪
翌日、タロウの姪御さんへの支払いだけは立ち会うしかないと思い、姪御さん指定の午後三時に着くように同行した。 姪御さんはよく理解してくれたが、細川から買った人の買取価格が、回りまわって姪御さんの耳に入っていた。それは百七十五万だと判明した。姪御さんは、それでも黒川に同情的で、伯父の作品に高い値が付くことは嬉しいことです、あなたが売って少しでも儲けて欲しかったと言ってくれた。さすがタロウの姪だ。 細川から回収した百二十万をそのまま払った。 大阪に帰ろう、俺の手に負えない。無言で車を走らせた。 黒川は、引き止めるにはある種の「お願い」が必要であり、それはプライドが許さないとばかりに、同じく無言で助手席に座っていたが、眠ってはいない。腕を組んで、裕一郎を引き止める方法でも考えているのか目を閉じていた。やがて目を開いて喋り始めた。 「裕一郎君、明日、渡嘉敷島の工房へ行くのだが港まで送ってくれないか? 出来れば渡嘉敷まで同行してくれ。帰りに港まで迎えに来てくれてもいいがね」 行ったことのない渡嘉敷島へは行ってみたかった。あの重い出来事が頭を過ぎる。 「行ってもいいですけど、昨夜言いましたように、ぼくは近々帰らせてもらいますよ。そのぼくが何しに行くんです?」 「まぁどの道、君は帰るんだし、その日程は今決めなくてもいいじゃないか」 「渡嘉敷島の工房って何の用です?」 「いや、そこに器用な男が居て、ギャラリー物件が決まれば大工仕事を頼もうと思ってね…。君にその男で店つくりが可能かどうか見極めて欲しい」 「決まればって、決まってないでしょうが」 黒川は、こちらの問いを巧みに外す天才だ。自分のペースを変えることなく受け答えする。 「知念大空という男なんだが、彼を早く押さえておこうと思ってね。知念太陽、知っているだろう? 有名な彫刻家の…、あれの甥だよ。器用なんだ、何でもするよ。店で自作の作品も売っているが、観光客相手の沖縄土産のシーサーなんかだよ。本島の土産物屋に卸している。工房も一応あるが、貝殻や砂を利用したアクセサリーやペンダントを客に作らせる教室と言うのか手作り体験というのか、怪しげな店もやってるよ。何~に、多少の手間賃を払えば喜んで手伝ってくれるさ。元々、観光シーズンの夏以外はスタッフに任せて、製作の合間にあれこれバイトに出かけてるんだから・・・。今はゴールデンウィークで店に居るよ」 黒川はきっとこう考えたのだ。大空に会えば、裕一郎の「店つくり虫」が目覚めその気にならないかとか、大空の人柄や創作活動に触発され留まりはしまいかとか、二人で店つくりをしようと盛り上がるかもとか、いろいろと・・・。 「明日が最後の仕事です」と、突き放すように答えた。 「とまりん」という那覇泊埠頭のターミナルビルへ走らされ、黒川が乗船券を購入した。 まだ明るいうちに帰宅し、部屋を片付け、掃除して洗濯をした。明日、渡嘉敷島へ行った後、数日の内に去ろう。何と言われようと・・・。夜、裕一郎は自分が食べたい「カツ丼」を作った。またまた、大好評だった。疲れる。 もずくを、保存していたじゆうポン酢で食べた。ユウくんには撤退を言えなかった。
黒川が助手席で、目を閉じ腕組しながら考えたのだろうその作戦は、結果として黒川の思惑を超え、中々強烈なものとなる。翌日、その工房へ行ったばかりに、裕一郎は当初の予定通りギャラリー開設まで沖縄に留まることとなるのだ。ジジイめ。
(四章、じゆうポン酢 終) (次回より 「五章、キムパ」)