連載 43: 『じねん 傘寿の祭り』 四、 じゆうポン酢 (10)
四、じゆうポン酢 ⑩
「天に唾じゃあない、ドブ川に唾棄だ。細川に言いかけた話で言えば、ぼくも、細川も、買った人も、まあ君も、悪いが姪御さんもぜーんぶ四月二十八日にサンフランシスコ講和条約にやられたということだな」 「何を言うとんのです、身勝手な・・・。大皿はどうなるんです。売り飛ばされたタロウの皿もサンフランシスコ同盟にくれてやるんですか?」 「解らん男だねぇ。タロウは不滅だ、皿は永遠だよ。ずっと生きとるよ。沖縄は不滅だ」。ん?
帰宅して、まだ早かったが呑みに行こうと思った。まだ訊くべきことがあると思い直して、階下へ降りて行った。黒川が机に向かっている。何やら書類を広げて繰っている。 「黒川さん、タロウの姪御さん以外にも支払いあるんでしょ。思い出して下さい」 「う~ん、実はぼくもそれが気になって、今いろいろノートやメモを調べてたんだ」 「で、分かりました?」 「うん、回収した六件すべて紐付きだね」 「えっ~。全て?紐付き? どういうことです?」 「君が回収してくれた分は、まあ全て預かりだったということだ」 「細川以外の回収額は確か合計で百六十六万だったと思いますが、それの支払いは?」 「預った時の言い値は二百万近いが、回収額と同額にしてもらえるだろう。儲けなしなら納得してくれるよ」 「してもらえるだろうって、苦労して買手と額の合意に漕ぎ着け、神経擦り減らしてして回収したんです。それが全部支払義務のある入金?聞いてませんよ! しかも今日の大皿も含めて支払額はこれから交渉? 先方が納得しなければ大赤字ですよね!」 「永く預ってるからね、返すかお金を払うかしてやらんとな」 「あと二件の未回収はどうなんです?」 「幸い、それは元々ぼくの所有だったものだ。支払は無い。その回収に励んでくれ」 「励んでくれ? 黒川さん、申し訳ありませんが、ぼくはもう励めません!」 「どういうことだね?」 裕一郎は大声で返した。 「やってられん、大阪へ帰らせてもらいます。と、いうことです。ぼくがして来たことは全て、支払義務がある売掛回収だと、何故言わなかったんですか?」 「失念していた。それに関しては申し訳ない。だが、それを知っているかいないかに拘らず、君の労力は違わないだろう・・・、どの道回収しなければならない、同じだろう? 来てひと月でギブアップかい。情けない、噂通り団塊世代左翼はひ弱いねえ。一体、君にどんな不利益があったと言うんだ、えっ? 何の実被害も無いじゃないか!」 「左翼ではありません、無翼です。・・・・・・、もういいです。物件を決めてギャラリー出すんでしょ。その資金は二件の未回収、えーっと、確か七十万前後。黒川さん、生活や維持経費もある、たまの小物の売上が僅かにあってもギャラリー開設は無理です」 「出来るよ。大阪の未回収がある」 「誰が回収するんですか? 飛行機代使って出張ですか。何度も行く余裕はありませんよ」 「そうかね? ほれ、君の友人の吉田という専務、彼に頼めばいいじゃなか。押しが強そうだ」 「頼めませんよ、仕事が超多忙な者に。回収するまでの手間暇なんてありません・・・頼めません。黒川さん、申し訳ないですが、僅かひと月でしたが、近日中に帰らせてもらいます。今夜は、ちょっと出かけます。沖縄料理食って呑ませてもらいますわ」。黒川を置いて出かけた。
連休中の観光客で賑わう大きな沖縄料理店で呑んでいると、沖縄へ来る前日、松山で美枝子が言った科白が押し寄せて来る。 「北嶋さん、物好きねぇ。大変よ、黒川の性格、経済状態、家事。プラス在庫叩き売り、お終いはもう時間の問題なのよ。そこへ、ひろしの生活のこと。結局、あれもこれも背負い込むことになるわよ」 俺には背負い込むことなど出来はしない・・・。裕一郎は三時間近く、それこそ十年振りほどの量を呑んだが、酔えなかった。 帰ろうとして、店の外へ出ると足がふらついた。これが泡盛だ。その後も梯子した。酔った勢いか、あることを決めていた。まだ何の報酬も貰っていないが、約束違反・早期撤退の身、これも「たそがれ野郎」の宿命と思うことにして、こちらからは申し出ないと・・・。 深夜にタクシーを拾って帰って来ると、黒川は又古い映画を観ていて、ユウくんは熟睡していた。