連載 41: 『じねん 傘寿の祭り』  四、 じゆうポン酢 (8)

四、じゆうポン酢 ⑧

激しい雨の日があり、快晴の日があり、梅雨のように空が重い日があった。                                                                 家事は、毎朝食と週四度程度の家で食べる夕食は当然のように裕一郎の担当となった。親子を置いて一人で出かけるのはどうにも後ろ髪引かれほとんど出来なかったし、外で食べれば自分の財布が持ちはしない。                                                                                                                          細川以外の、小口・中口は全部で八件。順次片付いている。六件は解決だ。もちろん、金額は黒川の説明と大いに違っていた。黒川の言い分は細川大皿百五十万円、他の八件が計二百七十五万円計四百二十五万円だが、先方と確認し合意した額は細川分が百二十万円、他の八件が二百三十三万円、計三百五十三万円だった。回収六件の合計は百六十六万円。残り二件が六十七万円。それでいいと思う。まずは現金化だ。                                                                                     ギャラリー用物件も、沖縄移住の前と後の黒川の常連客からの情報で候補が絞られていた。三日に一度は下見に出かける日が続いた。時々常連客が訪ねて来ることもあり、在庫の小物を買って行った。茶器・食器・カラカラ(琉球徳利)・琉球漆器などもあり、その都度、四~五万の売上があった。事態は進んでいると実感出来た。                                                                                                                               

細川との約束の期限が近付いている。四月は二九日が祭日、三〇日が土曜日、翌日は日曜日でありもう五月だ。いずれも金融機関は休み。だから、四月末というのは四月二八日ということになる。                                                                                                                               細川に軽く電話した。催促ではなく、連休が始まる今月末は金融機関がいささか変則日程なので、うっかりお間違いないようにと・・・。細川は、二九・三〇が銀行休みとは忘れていた、五月初旬に・・・、と言う。                                                                                                                    いえそれなら二七日か二八日でいかがです? お伺いしますので。売買契約書の方、よう読んでおいて下さい。しばらくして、二八日午後一時と返事があった。契約書には、五月一日以降は延滞利息が発生すると記載されている。振込みにせず直接集金を選択したというのは、援軍でも呼ぶのか?                                                                                                                                                                                                                                                                  

二八日、どんよりと曇っていたが、昼には気温二十七度となって大阪の六月だ。それでも、黒い上着にネクタイを締めて、黒川といっしょに出かけた。「食堂」で早い昼食を済ませた。オバサンに携帯電話の番号を伝え「申し訳ありませんが、ちょっと事情ありまして、今日お昼一時十五分に鳴らして下さい。必ずかけて下さい。時間厳守でよろしく」「電話に私が出たらすぐに切って下さい」と依頼した。オバサンは怪訝な顔をしていたが引き受けてくれた。                                                                                        約束通り画廊へ行くと、予想通りもう一人男が居た。先日の若い留守番役とは雰囲気が違う。黒川に訊くと初めて見る顔だと言う。細川の横に座り同席する気配だ。裕一郎が先に口を開いた。                                                                                                                                                                「こちらは?」                                                                                                                                      「ぼくのアドバイザーです」「細川さんの友人です」二人が同時に答え、男は「澤田です」と名乗った。                                                                                                         「そうですか、何かあれば保証なさるとか・・・」と声を落として言う。澤田は照笑いして答えた。                                                                                                     「いえいえそんな、まあ立会人ですよ」                                                                                                          「そうですか。ご苦労様です。しかし、今日は金銭の受渡しだけですので立会っていただくほどのことでは…。前回、全て合意してますし。」                                                                                                                                    細川がモゾモゾしている。                                                                                                           「大皿の買主から最後の金が半分しか入らなかったんです。で、こうして現金を用意した努力を評価していただき百万円でご容赦願えないかと・・・」                                                                                                                                        「それは出来ません。もう書類をスポンサーにFAXし、電話でも言い切りましたから。ここからは私の信用問題になります。私がスポンサーにこっ酷く叱られますよ」                                                                                                                                               細川が、買い手を探すのにずいぶん経費もかかっている、買い手を見付けても聞いていた程の価格では売れない、管理も大変だし・・・、と次々に愚痴った。それはそうでしょうがそれも含めて百二十万で決着したのですから、と返しているところへ携帯電話が鳴った。「食堂」のオバサンだ、一時十五分キッカリだ。出るとオバサンはすぐ電話を切った。                                                                                                「はい北嶋です。はい・・・、いえ今からお支払いいただくところで・・・。えっ? はい、ええ、いえ、はい、はあ。ええ、黒川さんは横にいらっしゃいます。」電話機を手で塞いで、黒川に「オヤジさんですわ」と苦い顔で言って、電話機を耳に戻した。                                                                                                                 「はあ? ええ、立会いの方がお一人。ええ、はい、いや保証人とは・・・ええ、そうします」                                                                                                                                                                   電話を切って細川と立会人だという澤田に言った。自然と口調が変わる                                                                                                                                     「オヤジさんが、もし立会人さんが債務について自分が処理すると仰ってるいのなら是非そうせえと言うてます。それから、今日新条件が出されて金貰えなかったら、先日の書類を大阪へ郵送せえとも言うてます。再度お聞きしますがどうされます。」                                                                                                          「いえ、そういうことでは・・・」                                                                                  細川は用意していた百万に、事務員に指示して用意させた二十万を加えて支払った。

領収書を渡し、丁寧に頭を下げ、引上げようとした時、細川が黒川に言った。                                                                                                               「黒川さん、こんな手使うんですか? もう、誰も取引しませんよ。我々の紳士的な業界の常識を踏み外しては、今後はお付き合い出来ませんよ」                                                                                                                  裕一郎は振り返って睨んでいた。                                                                                          「細川さん。こんな手って、一体どんな手です?」

 

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