連載 39: 『じねん 傘寿の祭り』 四、 じゆうポン酢 (6)
四、じゆうポン酢 ⑥
ペンチを持って来てもらいアンテナ線を短く切断して、同じものを十二M以上と確認して「じゃあ行って来ます」と言うと、「いやぼくが行くよ」と来た。変だなと思っていると、 「その間に、どうかね煮魚作ってみるかい」と来た。 「『メシ?もちろんぼくがこさえているさ』、じゃなかったんですか」とからかったが、怯む相手ではない。 「君が、より美味いものを喰いたかろうという気遣いだよ。いちいちひがみっぽい反応をする男だねえ君は・・・。その癖はどこで付いたのかねぇ、全共闘かい?労働争議かい? どうなんだ、するのかね? 君がアンテナ線を買いに行き、煮魚はぼくがしてもいいんだよ」 「作らせていただきますよ!」 不貞腐れて返答したが、 「そうかい、じゃあ行って来るよ。」とケロリとしている。切った線の現物見本と、必要メートル数を書いたメモを渡した。 メモには要所要所に留めるバンドと室内壁に固定する絶縁ステップルのスケッチも描いた。
ゴボウを太めに切って、アク抜き水に晒した。醤油・みりん・酒・水が1:1:4:4の「酒八方」を煮立ててから、鯛の「ような」魚とゴボウを入れ強火で煮る。再び煮立って中火にして落し蓋をする。途中で、味見すると、これがすこぶる美味。煮汁が多かったので、別の鍋に半分移し、冷蔵庫にパックがあった豆腐と野菜庫のネギでもう一品作った。もちろん最初に味噌汁を作っておいた。 黒川が、途中で出会ったユウくんと揃って帰って来て言う。 「しまった。スーパーで海ぶどう買ったときポン酢を買い忘れて、で、線を買いに行ったついでに買おうと思っていたのに、また忘れたよ。裕一郎君、ポン酢を作りなさい」 「作りなさい? 作れませんよ、どうやって作るのか知りませんし」 「おととい、あんなに上手くドレッシングを作ったじゃないか」 「ドレッシングとポン酢は別です」 「何を言ってる。醤油・出汁・酢・みりんがあればOKだ。簡単だろう?」 簡単ならあんたが作れよ!と言い返したところで、意味は無い。え~い。この煮汁を使うか。煮汁を少量掬い取り濾して冷やし、黒川が言うように味を見ながら醤油・みりん・酢ではなく冷蔵庫に在ったレモンを加えた。レモンがあったのは、レモン汁を加えた湯にハチミツという、ユウくんがほぼ毎日愛飲する黒川がどこかで聞いてきた「健康飲料」の為だという。そのレモンを絞った。それから最後に酒を微量加えた。う~ん、美味い。秋になればシークァーサーがある、などと主婦感覚が芽生えて来る。ヤバイと思った。 煮魚ゴボウ添え、豆腐とネギの煮物、海ぶどう、大根と薄揚げの味噌汁・・・。文句のない食卓となった。 「どうだいひろし、美味いだろう。このポン酢はチチの指導で裕一郎君が作ったんだ」。えっ、指導? ん、なことを言う前に、なし崩しの契約外労働=食事作りを慰労しろ。挨拶さえあれば、気持ちよく作るよ。俺だって黒川が言う通り「より美味いもの」を食いたいのだ。裕一郎は、今夜は思い知らせてやるか、と構えていた。 海ぶどうはユウくんの好物だそうで、ユウくんは上機嫌だ。 「裕一郎君、これをじねんポン酢と命名して商品化しなさい。きっと売れるぞ。」 「商品化しようとも売れるとも思いませんが、<じねん>はいただけませんね。作ったのはぼくです。あなたは、ただ適当に思い付きを言っただけでしょう」 「発明というのは、思い付きなんだよ! 思い付きを技術者が形にするんだ。特許や実用新案は全てそういうもんだ。この思い上がりの判らず屋!」 ムカ付いて、つい大きな声で言い返した。 「じゃあ、特許申請しなさいよ。人差指一本で古いワープロ叩いて申請書類作って」 しまった、言い過ぎた、大人気ないとは思ったが、話の流れ、どうしようもない。 黒川が声を荒げた。 「何ぃ~。おい、撤回しなさい。弱者をからかった言葉を撤回するんだ! 努力して慣れない機械文明に必死で挑戦している、このか弱い老人を鞭打つのか君は? 君は暴君だ」 「ぼくが暴君なら、あなたは専制君主ですか? 民の成果を我がモノにする・・・」 罵り合う二人を黙って視ていたユウくんが口を挟んだ。 「大丈夫だよ」 。ん?