連載 35: 『じねん 傘寿の祭り』 四、 じゆうポン酢 (2)
四、じゆうポン酢 ②
「へぇ~、そうなの。比嘉真の? ほんと? いいねえ。恩人だねぇ。・・・よし、これは緊急事態ですよね、手付金は全額お返しますから、受取りましょうね」 自分も比嘉と同じく関西の大学へ行った。比嘉と同様、高校卒業から数年経ってから同じ五九年に入学した。比嘉は北大阪の県人寮、自分は遠い親戚が大阪市大正区で商売をしていてそこの仕事を手伝うことを条件に居候。比嘉は卒業に九年もかかったが、自分は五年で卒業した。那覇で公務員になったが、十年で辞め、三十年前三十七歳で父の会社に入り、八年前から社長をしている。学生時代、よく県人寮を訪ねて泊めてもらったよ。 一気に元気になった大城がすぐに比嘉に電話を入れた。アハハ、アハハと盛り上がっている。沖縄ことばで解らない。比嘉が、ひとくさり談笑したあと大丈夫と踏んで、最後に事実関係を告げたようだ。大城が素早く返金を言ってくれた以上、騙し続けるのはよろしくない、と。 「マコトが困ってた時に製作スペースを用意してくれたんだって?」 「いえ、まぁ、会社の倉庫を・・・」 「ぼくからも礼を言わせてもらいますよ。どうです?近々マコトと呑みましょうね。何なら黒川さんもいっしょに、アハハ。いや失礼、黒川さんは病気で安静を要すだねぇ」 全く機嫌を損ねた様子のない大城は、そこから饒舌だった。 比嘉の武勇伝というか面白い話を聞かせてもらった。今度比嘉に会う時からかってやろう。 比嘉が八年生になった春、県人会寮に比嘉の彼女さんが住み着いた。そこは、男子寮だった。八年生は牢名主のようなもの、四年生の寮長さんでも中々苦言を言えない。育英会の耳に入り大騒動になった。比嘉は寮長を筆頭に寮生全員の署名入り要望書を出させた。「彼女を賄いの寮母さんに」!。彼女は晴れて臨時職員となり、比嘉の卒業まで居たという。その彼女さんが現比嘉夫人だという。 帰り際、深々と頭を下げた。事務所に入ってから一時間以上経っていた。黒川が気になる。 手付金一〇万円を受け取り、もう一度謝罪した。事務所を出た。比嘉に礼の電話を入れた。
黒川の携帯電話にかけたが通話中の音。何度かけても同じだった。長くなるようなら電話すると言ったのに出来なかったので、怒っているのだろうか。黒川が待機する喫茶店へ車を走らせた。 店内を探したが居ない。店に訊くと、さっき出て行かれましたよ、とのこと。窓際の席に座り外を見ていると、黒川が戻って来るのが見えた。携帯電話を操作しているのだが、繋がらないらしく何度も繰り返しながら、不満そうな顔をしている。駐車場に自分の車を見つけ表情を緩めて入って来た。 「遅かったじゃないか! しくじったのかい? 長引くのなら、何故電話しない」 「いや、上手くタイミングを掴めんかったんです。申し訳ありません。手付金は何とか帰って来ました。ご安心下さい」 「ん、よくやった。どうだった、揉めたのか、こんなに時間かかって・・・」 「いえ、あなたが昔から比嘉作品を扱っていたのが決め手でした。比嘉真がお世話になった方だと」 「ふーん。なら別に緊急入院にしなくてよかったってことかい」 「それも効いたんです。」一通り説明した。 「今度、比嘉さんに会ったらよく御礼言って下さいね」 「分かっているよ。子供扱いするんじゃないよ。それはそうと、あのビル、電話番号変えたのかい? おかけになった電話番号は使われておりません、だよ」 遅い上に裕一郎からの電話もない。助けに行かねばならないと電話するのだが、繋がらない。この店の中は電波状態が悪いのかと思い、外に出ていたのだと言う。電話操作を詳しく聞いて解った。市外局番を押してないのだ。裕一郎の「頭に市外局番を押さないと」との指摘に対して返って来た黒川の言い分が揮っていた。 「ここは市内だ。那覇市内だ! 先方のビルも那覇市内じゃないか」