連載 26: 『じねん 傘寿の祭り』  三、タルト (4)

三、タルト ④

誰かが言った自虐格言にこうある。「社会を変えようとした。何も変わらなかった。時が過ぎ、変わったのは自分だった」、と。                                                                                                                            誰にとっても身に覚えある言葉だとしても、あの時代の若い女の多くが職場という男社会に放り出され、美枝子のような悪戦に耐え踏ん張り、女は少なくとも男よりは何かを変えたのかもしれない。それが、労働市場の要請か、日本的経営の一部を表面的であれ変更する方が得策だとの経営者団体の労務政策上のことか、そこは学者に聞いてみよう。                                                                                                                                               けれど、裕一郎は、それが女自身の係わりもなく、ただ時代から無償で与えられたのだとはとうてい思えないのだ。                                                                                                                     男と伍すこととなる職場で、女は、女性性を棄てるというか「男」になろうとしてもがく道を選ぶのか、それとも男が求める女性性を表面上受け容れてことを進めようとし、結果そのことに縛られて旧来の「おんな」へと沈む道を選ぶのか・・・、そういう二者択一を迫られて来たと思う。                                                                                                                                             だが、その課題に真摯に向き合おうとする女であればあるほど、その「もがく」と「沈む」のいずれの先にも「壊れ」を予感して立ち尽くしたのだ。いずれでもない、女が女のまま男と伍すとでもいうような道・・・、それは至難のことだと想う。女性学者の本にあった通り、それは、女「だけ」があるいは男だけが変わって済むことではなく「関係性」の構造を問うことであり、だから、男との共同作業によってしか果たされないものではないか・・・?。                                                                                                                                                                           だが、自分も、いや周りの女も、自分の仕事や会社や生活で、実はそこのところは今も保留事項なのだ。                                                                                                                                                                 裕一郎には、部外者ゆえに評論家のように想って来たことがある。                                                    ひょっとしたら七〇年代の初め、世間を震撼させ若者たちを闘いから遠ざける結果を招いたと言われる事件の核心は、女性性の主張と受容を自他に開いて行く回路を持てなかった若い男女たち自身の、「もがき」と「沈み」から「壊れ」に至った過程ではなかったか?と。 それらを超えてなお、ある学者があの時代を「68年革命」とプラス評価する最も明らかな現象は、その後の女たちの生き様の中にあるのではないか、と。                                                                                                                                 美枝子は当時、卒業以来の百貨店勤務経験への体感や直感によって、その手前まで来ていたのではないか、七七年「恋に落ち」て黒川に同行してしまうまでは・・・と思った。黒川が、美枝子の抱える「手前」観を共有できたとはとうてい思えないが、我が身を振り返れば人のことは言えない。どのみち、明日には再会出来る・・・。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 裕一郎は、亜希が立っている処と、美枝子たちが来た道を思った。                                                                                                                                                                                                  変わらないものと、変わったものがあるはずだ。                                                                          それは自然現象ではないはずだ。                                                                                                                                            

裕一郎は、時代というものの重さと世代間障壁という業を背負った出逢いだなあと思いながら、黒川と美枝子の年齢差二十よりさらに十多い、三十歳違いの亜希に会いたいと願う己はどう見えるのだろうと思って苦笑った。それを見て美枝子が軽笑いながら言う。                                                                                                            「フフフ、可笑しいでしょ?私たちの出逢い。笑ってやってよ」                                                                                                                  「いえ、ええ出逢いやないですか・・・。そんな中年、カッコええと思いますよ」                                                                                「北嶋さん、あなただから言うけど・・・」                                                                                                                                                 「あなただから、って?」                                                                                                                                                  「北嶋さん、あなた浪速大学でしょ。私、言わなかったけど、何度も浪大へ行ったのよ」                                                                                                             「へぇ~、そうなんですか?いつ?」                                                                                                                                              「私、浪速大学に彼氏が居たのよね。初めての男よ。いい男だった。で、六八年と六九年に何回も浪大に行ってたの」                                                                                                                                                                   「彼って誰?」                                                                                                                    「ナイショ。ヒミツ。あなた方のリーダーだったんじゃない? マイク握って演説してたわ」                                                                                                                                                          リーダーといえば、AかBか高志だろう。Aは失意の内に姿を消し、Bは今関西で地方議員をしていて、昔からよく知っている。いずれも有り得ない。美枝子の思い違いではないか。                                                                                                      「で、その彼とは?」                                                                                                                                                                    「私、七〇年に卒業してさっき言ったここの百貨店に勤めたの。彼は大学に残ったというか党派活動を続けたというか・・・」                                                                                                                                                                           七〇年卒業なら六六年入学か・・・。自分や高志と同じ四七年生まれだ。                                                                                                                                                                「時々やってきてはカンパせびっていたけど、二年も経たないうちに来なくなったのよ」                                                                                                                                   やはりAでもBでも高志でもなかった。                                                                                                                                                                               「いい男過ぎて、モテモテだった。人から聞いた話では、逆玉に乗って、いま音信不通だけど」                                                                                                                       浪速大学のリーダーにその種の「いい男」はいない。断言する。                                                                                                                                                                                                                                                                                                            「考えてみるとまぁその男がずうっと私の中に棲んでいたせいかもね、叔父の誘いにも乗らず、勤めでもここだとは思えずに男も目に入らなかったのは・・・。とにかくその彼の時以来の電気が走ったのよね、晶子の気分だった」                                                                                                                                                                                     「ん、あきこ?」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

 

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