連載 21: 『じねん 傘寿の祭り』  二、 ふれんち・とーすと (8)

二、ふれんち・とーすと ⑧

 大宜味村の海岸沿いから山に数キロ入ったところに比嘉のアトリエは在る。数年前に行った時、彫塑も続けているので一定の広さも必要なのだと聞いた。確かに広いのだ。近隣に、陶芸家や染物の工房が点在していた。                                                                                                                                                                                  比嘉のアトリエに向かった。二時を過ぎていて、時間も無いが高速を使えばユウくんが帰宅する六時前後には帰れそうだ。許田インターを出て海岸沿いに走った。                                                                                                                                                                                                                                                                                  比嘉に会うと、黒川の大風呂敷は影を潜めていた。大阪を閉めたことを詫び、沖縄に来てから訪問も電話も出来ていないことを謝罪している。比嘉の方も「たくさん売ってもろうた恩人や」「奥さんは元気ですかの?」「子供さんは?」「次に来る時には息子を連れて来なさいや。ワシ、あの子のことはよう憶えとる」とやっている。                                                                                                                                                                                                                     去年夏の、米軍ヘリ墜落の際の意外な逸話を聞くことが出来た。「第一報は黒川さんじゃった。ワシ、琉大の図書館で調べもんしとったんじゃ。携帯電話が何度も何度もブルブルとしつこう震えとる。とうとう出たらこの人やった。何人もが連絡くれてたんやが、出たときは黒川さんやった。たぶんテレビ速報の直後じゃ。すぐ、親しい院生に現場近くまで送らせた。非常線張られててなあ・・・。黒川さん礼を言います。」                                                                                                                                                                                                                                   これで打ち解けたのか、黒川は自分の不手際を隠しながら国際通りの物件のことまで話し、「どこかいいところご存じないですか」とやっている。何の事はない、事態を正確に把握しているではないか。                                                                                                                                                                                                                                                                      「ああ、あそこのビルなあ。あれは確か大城のビルじゃのお。店子の出入りが激しいと噂しきりじゃ。客が寄らんみたいやのぉ。店子はみな苦戦しとるんやないか。あの辺りはヤマトの観光客から銭を搾り取る場所や、あんたの商売向きやないな。まあ、ゆっくり探しなさいよ、なっ黒川さん。」                                                                                                                                       ビルの賃貸条件を詳しく伝えた。契約し手付金を払ってしまった、戻らないと思うのでそれは捨ててもこの案は白紙、今後何かと相談に乗ってやって下さい。数秒沈黙があって、比嘉が天井に響く大声で言った。                                                                                                                                                                                                                                                             「黒川さん、急病になれや!」                                                                                                                                        黒川が目を丸くしている。裕一郎が引き継いだ。                                                                                                                                                       「いや、さっきビルの事務所でもうその予告編はして来たんです。」                                                                                                                                                                                                                                                                     説明すると、比嘉は「アハハ。昔のお前さんと高志のコンビを思い出すよ。裕一郎、ワシ昔、労働組合より大阪商売人が向いとると言うたやろ。何で商売失敗したんじゃろかのぉ」と笑った。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       「いや、色々ありまして。けど大阪商人が怒りますよ、そんな誤解。東京で、テレビの大阪お笑いものが大阪だと言うのと同じような先入観でしょ。まじめな商人に悪いですよ。今回の芝居が不動産契約に通用しないように、比嘉さんが評価してくれた高志・裕一郎のハッタリ商いも、大阪のまともな商人に見破られた・・・。そういうことです」                                                                                                                                                                                              「まぁまぁ、そう卑下せんでもええ。お前さんらの会社がハッタリやったとは思うとらんぞ。高志が社長、お前さんが専務してた初期の悪戦苦闘をワシは見とるがな・・・。とにかく急病の線でやってみろや。手付金はたぶん戻ってくるやろ。どないもならんかったら連絡くれ、ビルのオーナー大城の息子、専務じゃが、奴はワシの高校の同級生じゃ。」                                                                                                         

明日、ビル事務所へ行くしかない。タロウの大皿を二点買ったまま代金を支払わないという細川にも、近々会うしかない。重い気分で運転している横で、黒川が鼾をかいて眠っていた。                                                                                      こらっ!ジジイ! 眠っている場合か!                                                                                           黒川宅には軽自動車が停められるスペースがある。駐車スペースの錆びて重いスライド・ドアを必死に開けていると、ユウくんが帰って来た。長時間バス通園からの帰還だが、疲れた様子もなく元気に「ただいまあ」と言う。六時少し前だった。                                                                                                                                                     食事のことは忘れていた。あわてて黒川に訊くと                                                                                                                                                                                                                         「う~ん、売掛金のことなど君にも少し知っておいて欲しいので、今夜はミーティングをと考えている。食堂に行きたいが連夜というのはいただけない。今夜は作るの中止して、ぼくが食堂のオバサンに頼んでおかずを買ってくるので、君はメシを炊いてくれるかね」                                                                                                                                                             「いいですよ。そうだ黒川さん、明日朝のパン、ついでに近くで買って来て下さいね。」                                                                                                                                                             米を研ぎながら思った。来いよ、来いよ、と誘っていた時、黒川は「メシ? もちろん、ぼくがこさえているさ」と言った。半ば疑いながら感心したのだが、今朝の「パン食」の意味が、パンのみとジャム又は漬物だったように、あれは「米はぼくが炊いている」だったに違いない。笑ってしまった。                                                                                                                                                      確かに、「メシをこさえている」のだ。                                                                                                                  

 

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