連載⑱: 『じねん 傘寿の祭り』 二、 ふれんち・とーすと (5)
二、ふれんち・とーすと ⑤
出来高による家賃は売上の一〇%だ。ポス・レジになっていて集中管理、もちろんそれはレンタルで、電気代は坪数に比例して各テナンントが応分に負担する。普段が坪千円前後、冷房使用季には倍。共用部分、通路やトイレの電気代も同じだ。かつ、売上の多少に拘らず、設定されている最低家賃は坪六千円だった。契約面積は、通路の半分も含まれていて二十三坪。要するに、売上が多ければパーセントで、少なくても最低坪計算額はいただきますよ、ということなのだ。 売上百万という、聞いていた売上水準からは無理だが、ひょっとしたら可能かもしれない数字を頭に描き巡らす。賃料は売上の一〇%十万が最低家賃に届かないので、坪六千円で再計算。すると、十三万八千円、光熱費は平均で三万四千五百円、商品原価は黒川が言うには概ね七割。これだけで、計八十七万二千五百円。店に立つ常駐者の人件費・交通費・通信費・送料・包装費・思いつかないが色々あろう諸雑費、あっそれからポス・レジのレンタル料、それらを加えると完全に赤字、無理だ。 さらに食費用の保証金が坪三万、つまり六十九万ということも分かった。無理だ。
ビル側の設定は無理難題ではない。どのテナントも同じ契約で入っているのだ。頭が真っ白になって、裕一郎は事態を白紙に戻す術を必死に考えていた。 黒川が重ねて失言しないようにと、ここは一旦引上げることにした。 「オーナー! 大丈夫ですか?お顔が冴えませんよ。病院の先生が、まだ早いと仰ったのに・・・。今日は戻りましょう・・・」 「何を言ってるのだ。ぼくは大丈夫だ、君こそ顔が火照っているのかい?真っ赤だぞ!」 ビル事務所の担当者が心配そうに見ている。黒川を抱えるようにして、その場を去った。
それからが、大変だった。喫茶店に陣取り、まず保証金のことを訊いた。 「そもそも保証金あるんですか?」 「保証金というのは戻ってくる金だ」 「いや、それは出る時の話であって、店を続ける限り手を付けられないんですよ。積んでおく金です。続けるんでしょ! だから預けっ放しです。あるんですか?保証金」 「細川という同業者に、タロウの七十五万円の大皿を二点売ったんだが、それの代金を回収するよ」 「いつ売ったんです?」 「沖縄へ来てすぐだよ。」 「もう半年じゃないですか。催促してるんですか?これまで・・・」 「会えばいつも言ってるよ、早く払ってくれと。もう払うだろう。いつも今月末には払うって言うんだよ。困った奴だ」 「で、タロウって誰です」 「えっ、知らないのかい? 人間国宝の玉城太郎だよ。これだから素人は困るんだよ。タロウの大皿は、前期・中期・後期とあって、西欧から、次いで大正・昭和初期のヤマトから受けた影響を超えて、後期のものはタロウが琉球独自タロウ独自の釉薬技法に辿り着いた、云わばアイデンティティの復権に至った逸品だ。沖縄へ来て、まだビジネスが軌道に乗る前に、生活の為に断腸の想いで細川に売ってしまった大皿は、そのタロウが独自技法に辿り着く直前の、ごく短期間の作品にしか視られない迷い・葛藤・模索が滲み出ていて、復権が仄見える、全国のタロウ愛好家から羨望の眼差しで視られている作品なんだ」 黒川の話は終わりそうにない。なお先を語り始めていた。タロウを語る目は輝いていて、ほとんど涙ぐんでさえいる。だが、この話に異論を唱えてはいけない。軌道に乗る前って、じゃあ今は軌道に乗っているのですか、などと突っ込んではいけない。