連載⑭: 『じねん 傘寿の祭り』  二、ふれんち・とーすと (1)

二、ふれんち・とーすと ①

 頬にまだ生クリームが付いているユウくんが、冷蔵庫からグレープ・フルーツ・ジュースを出そうとして言う。                                                                                                                                                                                                                                                   「あっ、まだ、もうひとつ別のケーキがあるヨ」                                                                                                                                        カンケイ会から、帰宅したユウくんの第一声だった。                                                                                                           近くの食堂、親子が頻繁に行っているらしい民芸店兼喫茶店兼レストランである黒川が言う「食堂」で、歓迎会は行なわれた。黒川に言わせれば「親しげに世話を焼いて来るんだよ。外で喰う時は行ってやらにゃあね」であるその「食堂」は、黒川家から徒歩三分だ。                                                                                                                                                                                                                                     「食堂」が最後に出してくれたケーキを頬張りながらユウくんが、黒川がトイレに立ったとき教えてくれていた。週に四~五度はここで夕食を摂ること。黒川の帰宅が遅い時は、閉店時刻まで独りでここで待つこともあること。そんな時は店のオバサンがケーキを出してくれること。だから、黒川の帰宅が遅い日も嫌ではないこと。園が休みの土曜・日曜に黒川が出かける場合には、五百円玉を持ってここへ昼ごはんを食べに来ること。黒川が言う「外で喰う時は行ってやらにゃあ」は実態と全く違うのだ。ここのオバサンは二人の生活をサポートしているのだ。                                                                                                                                                 今夜は、黒川が店のオバサンに「大阪から来た北嶋君だ。ぼくのギャラリー開設やビジネスの構想を手伝ってくれるんだ」「今夜は彼の歓迎会なんだ」と言うので、黒川と裕一郎には飲み物がサービスされ、ユウくんにはケーキが振舞われたのだった。                                                                                                                               カンケイ会では黒川が泡盛の水割りを三杯呑み、裕一郎もかなり呑んで、黒川の「構想」に花が咲いた。                                                                           ユウくんはそうした空気の余韻を肌で感じ黒川の機嫌を推し量ってか、ジュースを飲みながら冷蔵庫から箱を出した。                                                                                                                                                   「チチ、これも食べていい?」                                                                                                                                            「だめだよ、甘いものは一日一回だ」                                                                                                                                                          ユウくんが恨めしげにテーブルに置いた箱をじっと見ている。黒川が訊ねた。                                                                                                                                       「買ったのかね? 誰かからの貰い物かね?」                                                                                                                                          「買うたんですよ。ぼくからのお土産です」                                                                                                                      黒川が箱を手に取り、しげしげと見ている。                                                                                                                                                                            「ならいい。けどぼくは喰わん。これは、松山の名物じゃないか! 誰かとおんなじで、名称と中身が違うまがい物だ。それは、美味い美味くない以前の問題なんだよ。嫌いだねぼくは。明日、ひろしと君が喰えばいい」                                                                                                                      黒川は箱を冷蔵庫に戻し「ひろし、あした帰ってからだぞ」と言って、来客用和室に向かい、何やら仕事を始めた。

「チチはおベンキョウ」とユウくんが教えてくれる。                                                                                                      「毎日?」                                                                                                                                                                                        「うん、そうだよ。夜ぼくがおしっこに降りて来ても、まだしてる時もあるよ」                                                                                                                                                                           ユウくんが風呂に向かった。和室に行って黒川に訊いた。                                                                                                             「何のお勉強ですか?」                                                                                                                                    「いや、通信の原稿だよ」                                                                                                                                    見ると、人差指一本でポータブルの古いワープロを打っている。訊けば、五百名ほどある馴染客名簿から、沖縄内百強を主に計百五十人宛に、月一回の通信を出しているという。参考資料を広げ、写真を選び、原稿版下を作っている。ワープロで打ち出した記事を鋏で切って貼り付けて版下を作っているのだ。過去のものを見せてもらうと、見事な構成だった。A3サイズを折り畳み、A4サイズ両面四頁に仕上がったそれらは、表紙と最終頁がカラーの「自然通信」と名付けられた立派な通信だ。記事を書き、ワープロを打ち、記事を切り貼りして版下を構成し、たぶんカラー・コピーに走り折込までを一人でする。封書詰めをして出す。それを毎月一人でして来たのか。その労力に頭が下がる。                                                                                                             「黒川さんワープロ打てるんですね」                                                                                                                                           「美枝子の仕事だったが、仕方がない、ぼくがしてるよ指一本で・・・。あいつが居ないからといって止めれば人に笑われる。それは嫌だね」                                                                                                                             つい、「ワープロだけでも、ぼくがしましょうか?」と言いそうになったが、黒川の大切な仕事を奪うことになると理由付けして思い留まった。                                                                                                                                        「表紙と最後の頁はカラーですけど、カラー・コピー代も馬鹿になりませんね。一枚八十円でしょ。一五〇セット裏表で三〇〇枚、二万四千円」                                                                                                                 「印刷に出すより安いじゃないか。それにね裕一郎君、観察が雑だねぇ。裏はカラーじゃない。白黒だ!白黒は一枚一〇円だぞ。」                                                                                                                             過去の記事には「千利休と秀吉」「浜田庄司と沖縄」「比嘉真の叫び」「タロウにおける琉球の復権」「青磁・白磁の源流」などの標題があり、いずれ読もうと思わせるものだ。黒川の言い分が詰まっているのだろう。宛名書きも「客に失礼だよ」と手書きしているとのことだった。パソコンを扱えて写真も添付して一斉送信かプリントアウトすれば、労力は半減どころか二〇分の一だ。                                                                                                                                                                               「北嶋さーん、お風呂空いたよ」とユウくんの声が響いた。風呂に向かう前に「明日の朝食はぼくが作りましょうか?」と問うと、黒川は「それには及ばん、朝はパン食だ」と答えた。 

 

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